或ル国ノ話

01.comb her hair



男は女の髪を梳く。


荒れた髪だった。埃と土にまみれ、光沢も潤いもなく、男の指に幾度となく引っかかる。再会した日かつてのように結わえられていた髪は、今はほどかれただ敷布に広がる。

女の皮膚は不自然に黄色い。頬に赤みはなく、うっすらと開いた唇はむしろ青い。

時折聞こえない呼吸音が、男は恐ろしい。

体温は乱高下している。切りつけられた直後は死体のように冷えていったが、今夜は高熱でうわごとを繰り返す。


男は選択に迫られている。
女の右腕に感染した”歪み”は一向に減少せず、着実に女の全身を蝕みつつある。封印の強制解除により耐性ができた今では、同じ術式で”歪み”を封じることができない。

男は選択に迫られている。
女の生命を救うには明日が手術の限度だろう。それ以上引き伸ばせば、右腕の切断に女は耐えられない。昨日、今日と、口にできた物が栄養剤の溶液だけで、その体力の大半を出血と熱により消耗している。

男は選択に迫られている。
本来男がする状況ではないが、男はその権利を当然のものとし、文句を言われることなど全く念頭にない。だからこそ、女の様子を見にこうして天幕に足を運んでいるのだ。





いつ切るか、はかるために。




「馬鹿な奴だ」

男は選択を下し、女の髪を梳いた。



脱稿 2004.09.15