「年の順に死んでいくのが、自然の流れってモンだろ?」
               ―――アーバイン〜【Agonie】より抜粋


《即位十三年六月中旬》
 ラムソン・パーウェスト少尉は共和国軍人である。先月仕官学校を卒業しGFに配属されたばかりだ。GFの作戦に参加するのも、『英雄』の一人を間近で見るのも、はじめてのことである。
 であるので下っ端ほやほや少尉は、犯人の連行よりも遺留品の積み出しを命じられた。
 輸送商隊の遺品である。
 彼らは臓器を抜き取られ、その遺体は証拠隠滅のため高温焼却炉で処理されていた。しかしGF隊員の制服や銃器その他は、売り払うか仲間内で山分けしようとしていたらしく、倉庫に積まれていた。
 死体から臓器を取り、身ぐるみを剥ぐ、という行為に、ラムソンは薄ら寒いものを感じる。
 まだ十九歳の彼には、はじめて『実戦』を経験する彼には、その感覚が理解出来ない。
 諸作業は突入日の深夜に及んだため、GF基地に帰投するのは翌日に持ち越された。
 その、夜のことである。

『――』
 はじめてのGF任務、はじめての作戦行動、はじめての夜営、はじめてのetc……。
 興奮して寝付けないラムソンは、今回自機として与えられたコマンドウルフ(共和国仕様)のコクピットにいた。
 日記をつけておこう、と思った。
 使用するのはアナログの紙とペン。
 昔からの癖で、凄い事が起こったら書き留めておく。仕官学校に合格した時も、GFに配属が決まった時も、彼は日記に書き留めていた。
 GFは、共和国の若者が憧れる職業の一つだ。帝国・共和国に捕われずに司法活動が出来ること、思う存分にゾイドに乗れること、『英雄』の一人がいること。
 聞いた話によると、帝国でもGFは人気らしい。
 今回の作戦でも、帝国訛りの共通語を話す隊員がいる。
(あいつも新人らしい)
 むこうにしてみれば、ラムソンは共和国訛りの共通語を喋っているのだろうが。
 自分と同じく、新品のGFの制服に着られている。
(負けたくない)
 そう思いながら手帳を開く。
(何から書こうか?)
 先々々週に仕官学校を卒業し、先々週にGFに到着し、先週までは各部署への挨拶回り、今週に至っては実動部隊に駆りだされた。慌ただしい一ヶ月だった。
 同期の奴らも、まさかこんなに早く『本物』を体験してはいまい……!
 興奮し震える指先を宥めてペンを走らせる。
『――』
 ふと、音が聞こえた。
 省エネモードだったコマンドウルフの外部センサーが、音もなくディスプレイ上に立ちあがる。外部センサーは赤外線・熱源探知の情報とカメラの映像を下敷きに画像を再構成し、集音機で拾った音源が瞬時に再生される。
『ジークはそっちな』
『ヴぁう』
 ……息を飲み、ディスプレイにかぶりつく。
 『英雄』だ。
 二度の戦役で活躍した『英雄』が、『英雄』の一人が、このすぐ下にいる……!
 ゆっくりと、気が付かれないように、レンズの倍率をあげる。
 画像が鮮明になる。
 影は二つ。
 一つは獣型、一つは人型。
 獣型は、動くたびに双子月の光を反射する滑らかな皮膚を持つ。長い尾、太い後脚、細い前肢、絶妙な曲線の首筋、釣り合う頭部――ジーク。
 古代ゾイド人の遺産にして、ゾイド専用ドーピング剤と名高いオーガノイド。現存し稼動しているのは僅か3体だという。ゾイド・エンジニアは言う、アレが手に入るならプー(笑)の手下にもなる……と!
 そのオーガノイドが今、ラムソンのディスプレイに写っている。
 ラムソンは更にゆっくりとカメラを動かす。
 人型は、背丈は高いが引き締まった輪郭をしている。身のこなしに隙はなく、なにより四方に逆立った頭部が特徴的な―――バン・フライハイト。
 デスザウラーを二度までも倒し、その戦役を終結に導いた三人の英雄のうちの一人。生粋のゾイド乗りにしてGFの遊撃隊員。ラムソン少尉の同期は言う、彼とゾイドの戦闘訓練を受けられるのならば、味も素っ気もない戦闘食糧(コンバット・レーション)一年分にも耐えてみせると……!(GFからの臨時出向教官として彼を呼ぶと、エラく経費が取られた)
 ラムソン少尉の鼓動が早鐘を打つ。
 生きた伝説、生の英雄が目の前で動いている事態に、彼は感動していた。
 感動していると、オーガノイドが歩くのをやめた。
 遺留品の山に頭を突っ込んだまま、前肢を動かしている。
 見れば隣で英雄も同じ行動を取っている。
(何か探しているのか?)
 遺留品の管理は別の隊員の役目である。加えて遺留品の正確なリストは基地に帰投してから作成することになっている。リスト作成前に遺留品に手を出すのは、不正行為と疑われかねない。
(……おかしいな)
 ラムソン少尉が迷っているうちに、オーガノイドが頭を上げた。
『――――』
 低音で、細く小さな声だった。
 コマンドウルフの集音力を最も強くして、やっと拾えた鳴き声だった。
(あれは?)
 コマンドウルフのディスプレイの中で、オーガノイドがその前肢に何かを引っかけている。
 英雄が駆け寄る。
 拡大されたそれは、アイ・スコープ付きの眼帯だった。



 ―――今回の作戦において、当時のGF隊長クルーガーは突入をできるだけ急いだ。救出が遅れるほど、捕虜となった隊員たちの生存の確率が下がる。
 一方で、彼は突入のタイミングを待った。昼よりも夜、月夜よりも新月。それは突入と救出の成功と、同時に突入隊員の生還の確率を上げる。
 GFの作戦本部は、襲撃者たちの目的を『GFに対する報復と新型機の奪取』とみなす。『その目的より、捕虜とした隊員たちの生存の確率は時間を経るにつれて低くなる』という見解を出した。『新型機の性能を調べるために研究者は生かしても、その他の隊員たちは報復として殺される可能性は高い』と。
 クルーガーも同じ推測をした。
 隊員を連行したのは、GFの内部情報を得るためだろうとも。打てば廃人になる自白剤を、今までの報復と同様に打たれているだろうとも。
 輸送小隊の襲撃から突入まで十日かかったのは、内通者がいたためでもあった。その若い隊員は休暇中に組織によって麻薬漬けにされ、薬欲しさに輸送小隊の情報を売り、その襲撃後も輸送小隊と偽装した定時連絡を三日にわたって報告した。新型機につけられていた発信機も、組織の電波妨害により受信できなかった。
 襲撃者たちの基地が判明したのは、別件からである。
 襲撃地点からやや離れた砂漠の街で、GFの別部隊が密輸業者の摘発に成功する。
 その際、(一部は既に流出していたが)大量の臓器が押収された。商品の明細にあった各種の臓器移植用の数値やDNA鑑定の結果、臓器はGF隊員のものと断定される。取り調べより人身解体業者――総称して『肉屋』――の一つが浮上し、その『仕入れ先』をたどって、組織の基地の所在を掴んだのだ。
 GF隊長は、臓器の提供者と突入隊員たちの安全を天秤にかけた。
 だからこそ、クルーガーは作戦の決行を一方で急ぎ、一方で待った。



 クルーガーが遺留品置き場に向かっているのは、半ば強迫観念からだった。
 宿営テントから出れば、地面は砂が大半である。踏みしめた強化ブーツの下から、ギュッ、ギュッと鳴き砂のような音が響く。
 夜警当番に一声かけると、外歩きの先客がすでにいることを知る。
 双子月が出ていた。
 三日月で、まもなく水平線に沈もうとしている。
 風は、凪いでいる。
 満天の星々は瞬き、群青の宇宙に浮かんでいる。
 なおも歩けば、遺留品置き場が見えてきた。隣には待機中のコマンドウルフ(共和国仕様)が伏せている。
 クルーガーは眉をひそめた。
 微妙に気分が悪化する。
 『共和国の守護』とまで言われた性能に不満はないが、あの種の機体とは妙に巡り合わせが悪い。
(義務か)
 クルーガーは、本音を言うと、遺留品置き場には行きたくなかった。
 どうせ後で遺留品の詳細なリストに目を通さなければならないのだ。
 何も今行くことはあるまい……!
(何に対しての義務だ?)
 しかし今確認しなければ、明日の目覚めが悪い。
(誰に対しての、とも言うべきか)
 そう思いその足を運び、そしてここに止めたのだ。
 遺留品置き場には、やはり、先客がいた。


「俺今までずっとゾイドが好きで好きで乗ってればいつもいつも」
 バンは遺留品置き場の手近な岩石に腰かけている。
「ゾイド乗ってればどこへでも行けるだろ?どんなこともできて」
 ジークはその喉から軋みをもらしている。
「レイブンでもプロイツェンでもヒルツでも密売やる奴とかでもどんな奴が来ても」
 クルーガーは立ち止まっている。
「負けるなんて思いもしないし、いつも勝つんだって思ってたんだぜ?」
 バンはその右の拳を腰かけている岩に何度も何度も打ちつける。
「だから?バン。ならば、どうしたというのだ?」
 待ち、クルーガーは聞くのだ。
 バンの拳の皮がずり剥け、砂が肉に入り込むのを止めもせず。
「俺、殺してんだな。そいつらを殺してんたんだよなぁアーバインが殺されたみたいにそいつらをさ殺してきたんだよ!」
 そしてクルーガーはそれを聞き、嘆息するのだ。
「今、それを言うのか」
と。


 


《即位十三年七月》
 ―――輸送小隊全滅の報告は、確認されるまで十日の間があった。
 正式な報告が提出されるまで、それを信じない者も数多くいたという。

 赤い赤い巨大な太陽は、小さな小さな砂漠の砂粒の隙間に溶け込んでゆく。
「わからないの」
 GF基地・隊員家族の宿舎の一室。
 子供たちは、泣きつかれて眠っている。
「本当に、わからないの」
 子供たちの母親は、密やかな声をもらす。
「フィーネ」
 ムンベイは窓のそばに立ち、夕日に染まる母親――フィーネを見る。
「この子たち、たぶん、わかりたくないの」
 フィーネはベッドに静かに腰かけ、子供らをゆっくりと、撫でる。
 あくまで、やさしく。
 どこまでも、おだやかに。
「フィーネ」
 もう一度、ムンベイはフィーネを見る。
 フィーネも、ムンベイを見返す。
「私も、わかりたくないの」
 フィーネ、と。
 ムンベイはまた、呼んだ。



《即位十三年八月》
 GF基地において、現在トーマ・R・シュバルツは徹夜四日目である。
 ブラックコーヒーはサーバで十二杯、栄養ドリンク七本目、まぶたの上にはハッカを塗って、なんとか目を開けている状態だ。
 つらい。
 キーボードを叩いていると、一時保存と間違えてデリートしそうになった。
 やばい。
 彼の仕事は画像の解析であるため、ディスプレイを長時間見続けなければならない。
 担当は輸送小隊護衛機カノントータスのブラックボックス復元なのだが、いかんせん破損の程度がひどい。自作AIビークの手も借りて、突貫作業が続いている。
 復元されれば法的な証拠物件とされ、襲撃者たちの容疑の裏づけとなる。どれだけ正確な記録・画像・音声を蘇らせられるか、が鍵なのだ。
 ガゴンッ
 盛大な音がした。
 頭が、ディスプレイに当たった。
 トーマの碧眼に涙がにじむ。
 BEEEECAAAAAREEEEFUL!
「……すまない、ビーク」
 トーマは椅子から立ちあがり、周囲を見まわす。
 復元作業担当員たちが缶詰にされている情報処理センターの一室だが、あちらに一体、こちらに一体とモルグが転がっている。
 いまだに座って作業を続けている猛者は、全体の半数といったところか。
 トーマはゆっくり伸びをする。
「作業効率が落ちるな……。仮眠をとるか」
 肩も、かなり凝っている。
 ぐるぐるぐるんとストレッチをしていると、
 ダガンッ
と、打撲音がした。
 反射的に音源へ首を回せば、ある隊員が、自分の椅子の肘掛けを叩いていた。
   ダガンッ ダガンッ ダガンッ ダガンッ
「頭は」
 大丈夫か。
と、言いそうになって、トーマは止めた。
 その隊員の解析担当が何なのか気がついたからだ。
 ダガンッ ダガンッ ダガンッ ダガンッ
 いまだ叩き続ける彼を、トーマは放っておくことにした。
 にぎにぎにぎ。
 手を握っては開き、開いては握って血行を良くする。
 もう少しできそうだった。
 ぺち、と頬を叩いて椅子に座り、ディスプレイに向き直る。
 彼よりはましだろう、とトーマは思う。
(奴のアイ・スコープを担当するよりは、まだいいですよ。兄さん)