《即位十三年 五月中旬》
 ―――バン・フライハイト隊員を皮切りに、GFは密輸組織の実態解明とその阻止に乗り出し始めていた。
 アンフェタミン属以外にも阿片、モルヒネ、コカインなどの麻薬が密輸・密売されていた。コカインの純度を下げたクラックなどは依存度が強く、薬物を求める中毒者の犯罪を増加させていた。。
 また、兵器その他の密輸・売買も、生産拠点と流通ルートの調査が進められた。
 密輸品は隠密性の高いホエールキングで空輸されることもあるが、主に草原地帯の部族が運搬役を務めていた。現状では、彼らは共和国・帝国の法律の適用外である。
 そこで一計が案じられた。
 両国首脳部は草原地帯に人脈を持つ人間を通じ、草原の各部族に密輸の運搬から手を引くよう持ちかけた。保証金や自治権など、種々の見返りを提示することで、密輸への非関与を求めたのである。
 運び屋ムンベイとバン・フライハイト隊員の部族行脚は、その交渉の一例だ。
 部族長の許可が降りれば密輸現場の撮影も行っていたが、踏み込んで逮捕する事は稀だった。
 小口の密輸を抑えても、根本的な解決には至らない。むしろ大物に警戒されてしまう。
 現段階では証拠集めを主目的とし、後日一斉に検挙する方針であった。



《即位十三年 六月上旬》
 ジョーンズ・ウェバーは、共和国軍からGFに転職した、グスタフ二十年のベテラン隊員である。グスタフ駆って物資を運ばせれば、期日ぴったりに目的地に到着する。
 帝国との休戦後、退役して第二の人生を歩むよりは、ひがな一日グスタフに乗って大陸を走っていたほうが気楽だった。戦闘のない時こそ、軍隊生活を満喫してやろうと思う今年三十六歳、独身、離婚暦あり。
 大きく欠伸をして、グスタフの影から荒地を見れば、開発中とかいう黒い新型ゾイドがあちこち走り回っていた。
 面倒な話だが、運動性能を検査しながら運ぶということなので、多少日数をかけて帝国に向かうこととなる。彼より年下の男がテストパイロットだったが、軍属臭がさっぱりない。その割には、戦闘に関する限り、ジョーンズより腕前が遥かに上だ。まっとうな市民ではないだろう。
「戦争が終わっちまって、あーいう奴らもおまんま食い上げかねぇ」
 煙草を吹かし、ジョーンズ隊員は午睡を楽しんだ。



――輸送小隊が襲撃されたのは、この三日後の事である。


(最悪だ)
 ロバート・オリバス隊員は歯を食いしばってカノントータスの砲身を回す。待伏せされていた。敵方は準備万端という事だ。機動力があるゾイド中心の敵襲は、その動きこそ良くないが、連携が取れているため、照準を合わせようとすると、すぐさま他の機体から砲撃を受ける。
(最悪だ)
 テスト機が恐ろしい速さで敵ゾイドをその爪でなぎ倒していくが、如何せん武装がそれ以外にない。接近戦のみでは、この数を相手にするにも無理がある。
 また、砲撃を受けた。
 コクピット内が振動でゆれ、ディスプレィは破損部を示す警告ウィンドウで全て赤く染まっている。
(帰らなければ。何としても)
 ロバートには帰るべき家もあれば、戻るべき妻もいる。その腹には子も。
(戦争にも生き延びた)
 砲撃が、カノントータスの砲身を破壊する。
 アラームが、耳にうるさい。
(こんなところで、俺は)
 ヘルキャットが、キャノピーの上で、その前脚を振り上げる。
(死ぬわけには)

 死にたくない、と言ってロバート・オリバス隊員は死んだ。
 戦闘開始十三分後、最後の護衛ゾイドが爆散した。
 戦闘開始三十六分後、輸送小隊は降伏した。



 ジャムジャイン族族長のゲル。
 部族行脚で疲労し、泥のように寝ていたバン・フライハイト隊員は、ムンベイに叩き起こされた。
「バンっ、起きな!」
「何だよムンベーーー。俺昨日っていうか明け方寝たんだぜ? 勘弁してくれよな〜〜。」
『ヴァル』
 ジャムジャイン族でも人気者になったジークが同意する。
「いいから起きな!」
 ムンベイはバンの耳を引っ張り、切羽詰った小声で言う。
「ライガーに、緊急連絡が入ってるんだよ」



 輸送小隊の生き残りが押し込められたのは、密輸組織の地下拠点だった。倉庫を改造した一室だった。
(ふざけるなよ)
 シュトルフ・シュバイクは、襲撃により右腕を骨折した。
 彼はライトニングサイクス開発チームの一人で、今回のDr・Dによるツヴァイの組み立てにも参加していた。齢七十と噂される老人は信じられないほど手際よく、且つ、幾つか新機軸も盛り込んで組み立てていった。
 その機体を、奪われたのだ。
 帝国軍機密を奪われただけではない。それだけではないのだ。
 ライトニングサイクスは、古代遺跡で発見されたゾイドを元に、帝国と共和国の研究者が角を突付き合いながら蘇らせたのだ。十年前のデススティンガー戦役中に苦労してプログラムを一から組み、動かしたのだ。戦闘プログラムこそ試運転で吹っ飛んだものの、それ以外はすべて彼ら開発者が寝食を削って作り上げたのだ。
 その後継機ともいうべきツヴァイを、奪われた。
 襲撃者の中には二十にも満たない若造までいた。
 あの戦争の苦しさを知らない奴らに、奪われたのだ。
(ふざけるな。お前らなどに取られてたまるものか)
 ライトニングサイクスもツヴァイも、開発者としての、クリエイターとしてのプライドと意地にかけて、このままにはしておけない。
 それは、テストパイロットである隣の青年も同じだろう。
 輸送小隊の生き残り達は、頭を寄せ合って脱出のための密談を始めた。



 ジェット・ブコフスキーは、まだ十六歳である。
 もとは帝国の中流階級の出自だが、手っ取り早く儲けるために組織へ入った。
 父親も母親もアルコール中毒で、彼を見るたび殴りつけた。それが嫌になって家を出たのが十四歳の時だった。
(『英雄』が一回目のデスザウラーを倒したのが十四だ。ゾイドに乗ってりゃ、俺にもチャンスがある)
 元手もなしにゾイドに乗るには、軍隊か組織のどちらかだった。ジェットは組織を選んだ。軍隊では、家柄によって出世が左右されたからだ……。
 年配の仲間が通信を入れてくる。
『肉屋が来たぜ』
 倉庫の換気システムを操作して、今日までに捕まえた人間を閉じ込めている一角を密閉する。もともと軍事施設であったこの拠点は、少し手を加えれば簡単にその機能を復活させた。
 操作しながら、ジェットは僅かに表情を歪める。
 彼は肉屋が嫌いだった。
 彼らは組織にたかり、裏切り者やこうした捕虜たちの血肉を啜っているのだ。衣服を剥ぎ、装備を取り、使える臓器――眼球、肺、心臓、肝臓、脾臓、腎臓、脊髄など――を削ぎ落とす、ハゲワシだ。
(俺は、奴らとは違う)
 自力で奪い取り、勝ち取るのだ。
 今日拿捕した新型ゾイドは、武装はその爪だけであったのに、ヘルキャットはもちろん、旧式ではあったがセイバータイガーまで屠ったのだ。あの黒いゾイドは凄まじい。そして強い。
 アレに、乗りたい。 乗れば、強くなれる。
 ボタンを押して、捕虜のいる区画に催眠ガスを充満させる。
 彼らは眠ったまま臓器を取られ、死んでゆく。
 モニターの中で、捕虜たちは次々に倒れていった。
 研究者のようなインテリ風の男も倒れた。
 ジェットを魅了した黒いゾイドに乗っていた男も、眼帯を目から外し、倒れた。
 ジェット・ブコフスキーは、彼らのように死にたくはなかった。
 強くなりたい。
 強くなれば、虐げられることもないからだ……。



《即位十三年 六月中旬》
 急がなければならなかった。
 時間に余裕はなかった。
 もしかしたら、手遅れなのかも知れない。
 バン・フライハイト隊員は、ブレードライガーのバーニアを全開に吹かせて、荒地を行く。
 緊急連絡は、最悪の内容だった。
(なんで嘘じゃないんだよっ)
 アーバインがテストパイロットをしているツヴァイが、その運搬中に襲撃されたという。GF輸送隊員四名が死亡、三機のゾイドが破壊され、肝心のツヴァイは強奪されたという。襲撃組織は、アリスン・ハンテッド系列の末端組織だった。
(ちくしょう、悪どいことをやってんのは、お前らだろ!)
 組織の、報復だという。
 先日バンとムンベイで、アリスン・ハンテッドが密輸現場にいるのを撮影したことが原因なのかも知れないし、別のGF隊員の調査の報復なのかも知れない。
 組織の、報復なのだという。
「ジーク!」
 白いオーガノイドは閃光になった。
 急がなければ、ならなかった。



―――ガイロス帝国、皇帝ルドルフ・ゲアハルト・ツェッペリンV世の即位十三年六月中旬。
 GFはある密輸組織を急襲した。
 突入は密輸組織の摘発を主目的としていたので、その点では今回の作戦は成功である。この後、捕縛した十九名から芋づる式に他の業者逮捕していったこともあり、全体では一連の捜査は実を結んだのだ。
 組織は撤退を始めていた。
 今回のGFの突入はぎりぎりのタイミングだった。ぎりぎりのタイミングで、間に合うか間に合わないかのところだった。
 けれど、彼らは一つ、致命的に間に合わなかったのだ。

 捕虜にされた輸送小隊は、その全員が殺害されていた。

 死体は証拠隠滅のため、高温で焼かれ灰も捨てられた。

 GFの制服や備品、その他の遺留品しか、残らなかった。



――これが、後にGFが大陸中にその名を刻む、密輸・密売組織壊滅作戦『アイアンメイデン』の、端緒である。





 ……訃報は、ひそやかにすみやかに、伝えられるべき人に受け取られた。



 至尊の玉座に座し、至宝の冠を頂き、絢爛にして綾なる宮殿に住まう貴き御方、ガイロス帝国皇帝ルドルフ・ゲアハルト・ツェッペリンU世陛下は、その日初めて親友のバン・フライハイトGF隊員を恨んだ。
「―――何ですって?」
 モニターに写る友人は、沈黙で応えた。
「何、ですって?」
 声が擦れた。
 ルドルフはどうしてもそれを認めたくはなかったので、これ以上確かめたくもなかった。
 しかしこのままうやむやにしても、今夜の夢見が悪くなる。
 仕方がないので、もう一度聞き返した。
「バン、今何て」
『俺、言いたくない』
 友人は五秒間歯をくいしばり、そして両眼を抑えた。
 指の隙間、手と目の隙間からダラダラと透明な液体が流れ出している。
 ―――え?
 ないているのだ。
 ルドルフは、しばらくしてからそれに気付いた。
 ―――え?
 バン・フライハイト隊員が嗚咽を漏らして泣き、自身は呆然とした顔で絶叫したことに。



 カール・R・シュバルツが皇宮に呼びだされたのは、優雅な午後のティータイム。
 休日に受けた急な召集にすわ大事かと身構えたが、使者が言うには軍人ではなく貴族の卿をお呼びとのこと。
 帝国中枢を気取る老人連中、その心臓を止める政策でも考えついたかと美貌に微苦笑浮かべて登城すれば、通されたのは皇宮深い庭園の一隅。
 ますますもって悪企みらしいと吐息をつく。
 青年皇帝はすでに、阿屋にいた。
「カール・R・シュバルツ、参内致しました」
 声をかけて、やっと青年皇帝は振り向く。
 御年二十三歳、御成婚の儀を近日に控え、誇りと自信に満ちる皇帝は、しかし今、何故かその両肩に力がない。
「どうぞ、座ってください」
 合い向かいに座り、気が付いた。
 その目が、ひどく腫れている。
「陛下、どうなさいました?」
 年を経ながら衰えを知らぬ美しい眉梁をひそめ、シュバルツはいぶかしがる。
 なにやら陛下の御様子がおかしい。
 何かあったのか。
「……シュバルツ卿。これは公務ではありません。僕と、あなたの、私的な会話ということです」
 かすれ、絞りだす声で、ルドルフは師であり臣下であり仲間である彼に、告げた。
「アーバインが、死んだそうです」

 

2000.08.08 脱稿
2010.01.30 改稿