「――悲しみさえも、全部引き連れて――」
                     〜【wild flower】より抜粋



《即位十三年 六月中旬》
 密売業者の拠点の最下層は広大な格納庫となっていた。
 先にバン・フライハイト隊員が到着していた。
「―――バン。状況を説明しろ」
 このような場合に声をかけたことは幾度かある。
 幾度かあるが、いまだに慣れない。
 おそらく死ぬまで慣れんな、とクルーガーは考える。
「……犯人十九名を拘束。そこらへんに転がってんのがそうだぜ」
 バン隊員の声はひどくかすれている。クルーガーの位置から青年までは遠い。見えるのは青年の背中と逆立った髪の毛だけだ。
「盗難届の出ていたゾイドは三体確認。他はわかんないな」
「そうか」
 実測の時間にしてみればほんの数十秒、突入隊隊長も、単機速攻をかけた青年隊員も動こうとはせず、黙ったままだった。そのため、他の隊員達も動くに動けなかった。
「それで」
 青年の拳が震え始めるのが隊長に見える。
 我ながら酷い声だ、とクルーガーは思う。
 いつもと変わらない、普通の声なのだ。
 声は揺れもしないしかすれもしない。
 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ
 という音が聞こえそうなほど、目の前にある背中は震えている。
 ……いつのまにか青年との距離が詰まっていた。
(ほう。驚いたな。これが無意識に歩くということか)
 どうでもいいことだ、と思うのだが、そのうちにあそこのダクトが外れているとか、あそこから侵入したのかとか、空気が淀んでいるとか、これもまたどうでもいいことに思考が遊離していくのが止まらなくなる。
 声だけが勝手に出ていった。
「それで、どうなったのだ」
 耳が勝手に音を拾うのが感じられた。
 体が勝手に動き始めるとたいがい碌な事がない、とは経験則に基づいた知識だ。
「殺したってさ」
 ほらみろ。
 まただ。
 心中、クルーガーは愚痴た。
「みんな」





《即位十三年 四月中旬》
 任務を終えたバン・フライハイト隊員がGF基地に帰還すると、珍しい人物が先に来ていた。
「アーバイン! どうしたんだ? GFに来るなんて…ええっと」
 ひーふーみー、とバンが指折り数えていると、
「……一年振りだ。どーでもいいから、こいつらどうにかしてくれ……」
 自称賞金稼ぎ、他称盗賊のアーバインは、背中と足元に七歳の双子をまとわりつかせながらうめく。まとわりついている双子は、金髪で茶色い瞳の男の子と、黒髪と紅い瞳の女の子である。 恐ろしいことにアーバインを、
「「アーおじちゃんv」」
と、『オジサン』呼ばわりするつわものだ。
「あははー。お前ら、アーバインのこと大好きだモンなー」
「「ウンッおとーさんお帰りなさい!」」
 付け加えて更に恐ろしい――ハーマン談――ことに、この双子は『英雄』バン・フライハイトGF隊員と古代ゾイド人フィーネ=エレシーヌ・リネとの遺伝子融合体なのである!
 母親譲りのぼけッぷりと、父親譲りの行動力を持って「遊んでv」「遊んでv」と懐いて来る双子を見ていると、どうしても邪険にできないアーバイン、今年(推測)三十歳。「父性本能が刺激されるんじゃろうな」とは、GF基地ゾイド研究開発班主任Dr・Dの言である。
「肩車してぇ!」
「サイクスに乗せてぇ!」
「……焦んな。順番にな、順番にしてやるから頭によじ登るんじゃねえっ」
 いい年して何をしてる俺、とアーバインにしてみれば情けなくて溜め息も出てしまう。
「わーい。高いゾー!」
「パパと同じくらい高ーい」
「パパの方がタカいやい!」
 当時、バン隊員の背丈は190cmをこえていた。成長期に雨後の筍のように伸びた背だが、妻によるブレードライガーのコクピット・リフォームで、ゾイドの操縦技術に支障はなかったそうだ。
「あー、ホントだ〜おじちゃん負けちゃった(泣)」
 女の子が、父親とアーバインを見比べる。
 大好きな『アーおじちゃんv』が負けて半泣きだ。
「……うるさいぞお前ら。それに俺はまだ『おじちゃん』じゃねぇっ!」
隣で爆笑したバンを、アーバインは会心の一撃で蹴り飛ばした。


「まあ、ライトニングサイクスの検査と、その次世代機の試験運用じゃな」
「へぇ。もうそんなとこまで進んでるのか」
 Dr・Dの研究室。
 ジークの定期検査の傍ら、バンはアーバインが珍しくこの基地にいる理由を尋ねていた。実際、帝都ガイガロスのとある貴族の館だとか、草原地帯の情報屋などではよく会うのだが、GF基地に長くいるのは珍しい。しかも、二週間に渡る長期滞在中であるという。
 先ほど本人に会ったのだからその時聞いていれば一番早かったのだが、笑うのに忙しく聞き忘れたのである。
「本来ならば、帝国の開発チームにワシが加わればもっと早いのじゃが、こっちの仕事もあるでな、そういうわけにもいかん。向こうのチームが取ったデータでワシが試験機の素体を組み立ててじゃな、再度向こうで本格的に装甲だとか武装を検討するわけじゃ」
「アーバインはその試験機の操縦ですって。ライトニングサイクスも一ヶ月間のお休みで、装甲も全部外してるわ。この機会に細かいひび割れまで調べているの」
 フィーネが笑って答える。二児の母にして、トーマ隊員(既婚)の憧れのひとである。
「その新しいサイクスの名前、なんだっけ?」
 怯えるジークに体液検査用の注射器をちらつかせて、Dは宣言した。
「ライトニングサイクス・ツヴァイじゃ」
「……まんまかよ」
 バンはぼやいた。

「隊長〜、バン・フライハイト隊員入るぜー」
 ノックをしても返事を待たず、バンはGF最高責任者執務室に入る。
 定期検査でDr・Dに弄ばれたジークも、尻尾を丸めてヨロヨロと続く。
「おう、バンか」
「あれ、ハーマン。アンタまでここにいるのか? じゃあ、あの緑色の――」
「――オコーネル少佐ならニュー・ヘリックシティで下水道工事の監督だ。いい加減名前で呼んでやれ」
 執務室の応接間には、クルーガーGF隊長だけではなく、ヘリック共和国情報部のロブ・ハーマン准将がいた。
「アーバインとあんたをおんなじ日に見るなんて、トーマの結婚式以来だなー」
「……嫌な思い出だな……」
 そうかな? と、当時のGFと共和国広報部に多大な迷惑をかけた張本人は首を傾げた。
 ハーマンは深呼吸をして気を静めた。
「俺は、徹夜で、新聞社と、ゴシップ雑誌の、記者達と、やりあったんだがな……」
「…………………………あー、あー、……悪かった」
 真実を求める記者と、事実をオブラートでくるみたい広報部との、『結婚・妊娠順番総入れ替え』は、妥協の産物の記事であったのだ。
 平身低頭のバンを見て溜飲が下がったのか、ハーマンが本題を切り出した。
「今度、共和国情報部とGFでの共同作戦がある」


―――帝国との休戦後、ルイーズ大統領を中心とした当時の共和国首脳部は、壊滅したニュー・ヘリックシティと各主要都市の再建を第一とした。しかし、そのための資金や資材は底をついていた。物資不足による急激なインフレーションで国内物価は急騰し、一般市民は食糧難に喘いだ。即位五年に提案された皇帝の対共和国資金援助法案も、臣下の反対により棄却された。かろうじて、医薬品など「人道的援助」は認められただけだった。
 何もかも、足りなかったのだ。
 共和国政府は、非合法の流入を黙認したのである。
 正確には、活動可能な警察組織やGF隊員が任務中に摘発した件は処罰したが、積極的に取り締まりはしなかった。
 デススティンガーによる破壊からの復興のため、ヘリック共和国には、こうして合法・非合法問わず大量の資金や資材が流入した。


「その事情が変わった」
 クルーガーが説明を進める。
「共和国でも税収が安定してきている。帝国の皇帝が提案している資金援助法も、御前会議を通過するのが確実だそうだ。共和国軍特殊部隊の協力まで視野にいれた、密輸壊滅作戦を考えている」
「大掛かりだな」
 クルーガーが持ってきた調査書を眺め、バンはヒュウと口笛を吹くいた。
「実際、密輸組織との癒着が共和国の世論でも問題になってきていてな。調べて見たところ」
 書類をテーブルに放ってハーマンは天を仰ぐ。
「ゾイドや武器の横流しが、軍関係者で行われている。外科手術をする時期なんだろうな。軍にも国にも、タチの悪いカネやモノはもう必要ない」
「しかし、作戦の遂行にあたっては注意が必要だ。密輸組織の摘発に対しての、報復措置が始まっている。地方の警察所長が白昼に射殺されたり、捜査員の家族が誘拐されたりと、やつら、手段を選ばんな」
 クルーガーは深く溜め息をついた。
「GFでも、先日三名が殉職した」
 ジークが伏せていた頭をあげ、ひとしきりバンの足に頭を擦り付ける。
「俺も、麻薬組織追っかけてたんだけどさ、途中で寝込み襲われた」
「報告書にあったな」
「何を扱っている組織だ?」
「アンフェタミン。しかも注射器とセットで」
「……最悪だな」


―――帝国との戦争末期、共和国軍では、前線の兵士達の行軍や戦闘での働きを高めるため、新兵の恐怖を取り除くため、アンフェタミン属の薬物の配給が行われた。加工された錠剤を一錠噛むと、四時間にわたる興奮状態が維持された。
 軍部では暗黙の了解だが、国民に公表できる話でもない。
 戦争終了後、軍部は在庫として大量に抱えた薬物の処理に頭を悩ませる。
 平時の使用は依存度を高め、兵士の錬度を下げることとなる。しかし処分するにも、費用がかかる。麻薬をゴミの日に出すわけにはいかない。
 ……積極的な関与では、なかった。
 しかし、政府と同じく、軍部は取り締まりに消極的だった。
 『今は軍内部の規律維持に力を注ぐのではなく、国民の生活のため、復興活動に集中すべきだ』として、軍警察の権限と予算を削り、土木作業に従事した部隊に回したのだ。
 結果、倉庫から薬物の袋は消え、大陸に麻薬が流通し始める。
 在庫の薬物が加工前の粉末状だったことが、事態をさらに悪化させている。
飲むのではなく、静脈注射で摂取する場合、粉末が直接血流に乗ることで効き目は強烈になるが、十五分から三十分の短時間で消えてしまう。この後のダウン症状――疲労感、だるさ、ゆううつ――を避けるために、使用者はまた薬を求める。
 アンフェタミンの静脈注射のパターンでは、使用者は数週間のうちにやせ衰え、不眠と昏睡を繰り返す。身体を痙攣させ、偏執的になり、次第に精神に変調をきたす者が増え出す。
 ……休戦後、退役した共和国兵士の中に、薬物依存症に陥った者は少なくなかった。
 麻薬組織は、彼らをターゲットとしたのである。
 依存症のために元の生活に戻れず、彼らは徐々に犯罪の遠因となり、治安問題にまで発展していった。




 GF基地内のバー。
 次の任務のために基地を離れるバン隊員を囲んで、宴会となった夜である。
 新入隊員歓迎会も合同開催され、緊張した新人をからかいながらベテラン勢は飲みまくる。
「「「イッキ、イッキ、イッキ、イッキ、イッキ、イッキ!!」」」
 ダムッ
 三gのジョッキが威勢良くテーブルに叩きつけられる。
「どうだバン!お前の番だぞ!!」
「負けるか!」
 ワイワイヤイノヤイノガヤガヤ……
 異様に盛り上がる一角を横目に、アーバインはカウンターで飲んでいた。
「いたか」
「……クルーガーのおっさんか。なぁ、俺はGFじゃねぇぜ。ここで飲んでて構わないのか?」
「関係者だ。気にするな」
「アバウトなことで……」
 クルーガーが左隣に座る。
「サイクスの調子はどうだ?」
「……まぁまぁだな。いい機会だし、総点検してもらおうと思って装甲外したら、砂が回路に入り込んで目詰まり起こしててよ。気が付いて良かったぜ」
「ツヴァイの運搬はもうすぐか?」
「ああ、バンが出てった後だな。帝国まで慣らし乗りしながら運んで、向こうで実験に付き合ったらサイクス取りに戻ってくる予定になってる」
「ふむ。一ヶ月はかかるか」
「そうだな」
「うぅむ、実は仕事を頼もうと思っていたのだが……」
「おいおい、天下のGFが賞金稼ぎに仕事の依頼かよ」
「使えるゾイドならばジェノブレイカーまで欲しいのでな」
「………ずいぶん、本気だな」
 クルーガーは、ブランデーを照明に透かして頷いた。
「ああ、本気だ。鋼鉄の処女を口説きにかかる」
 アーバインは薄くわらう。
「いいぜ、間に合うんだったら、引き受ける」

―――アリスン・ハンテッド。
 当時最大の密輸組織の首領である。戦災孤児で、混乱の中で地方の犯罪組織の長にのし上がり、帝国から共和国までの密輸ルートを作り上げて、両政府にまでその影響を及ぼしたという、稀代の女。
 後に、GFの密輸組織壊滅作戦名は彼女にちなんで、『アイアンメイデン』とつけられた。

「出発までは、子供たちと遊んであげて」
 子供たちを寝かしつけたフィーネが、アーバインの右隣に座る。
「……フィーネ、勘弁してくれ。今日は一日走り回ってたんだぜ?」
「鬼ごっこか? 鬼になって、基地中走りまわっていたな。全く元気なことだ」
 特に女の子は、『クルーガーおじいちゃまv』のお気に入りだ。
 カクテルを片手に、フィーネはにっこり微笑む。
「あの子たち、誘拐防止のために当分基地から出られないの。だから、今のうち目一杯遊んでもらいたいのよ」
「……子守りも仕事のうちかい? おっさん?」
「場合によっては」
 カウンターでの会話をよそに、身体に大変危険な『ざ・イッキのみ勝負!』は終盤を迎えていた。
 ハーマンは三gジョッキ六杯目を飲み干して、雄叫びをあげる。それを聞きながら、真向かいに座るバンは、半分眠った頭で考えた。
 やばい、俺。これ以上飲むと……。

 マジで、やばいかもしれない。

―――悲劇はその直後、起こった。

「馬鹿野郎ッ吐くな!!」
「情けないぞばんふらいはいとオオオォォォォ!」
「だれかバケツ持って来いバケツ!」
「衛生班! 衛生班はいずこッ」

………不幸中の幸い、『英雄』に過剰な期待を寄せる新人はこれでかなり減ったようである。



「おとうさん、がんばってねー」
「いってらっしゃーい」
 翌日、バン・フライハイト隊員は宿酔いに苦しむ頭を抱えて、大型ゾイドのグスタフの荷台にブレードライガーを乗せる。
「………………………うっ」
 非常に危険な瞬間もあったが、無事に乗せ終えると、バン隊員の前にニヤニヤ笑う運び屋が立っていた。
「いーやー、たーいーへーんーそーねー!」
 大声で言われた。
 バンは無言でうずくまった。
 ムンベイは指をさしてひとしきり笑い、
「ほら、とっとと立つ! こっちもボランティアじゃないんだ。荷物運び手伝ってもらうよ!」
 ずずずずずと、バンを引き摺って行く。
「吐くんじゃねぇぞ!」
 アーバインへの返事に、バンが無言で手を振る。
 隣で見送るフィーネも双子も、笑って手を振り返す。
 そして彼らは、並んで基地内へと戻って行った。