ジェノザウラー戦役が終了してからはや一年。
今日は、へリック共和国レッドリバー基地の忘年会である。

「「「イッキ、イッキ、イッキ、イッキ、!!!」」」
「ッッオッシャアアアァァァァァ!!」

DAM!

スチール製の床の上に、勢いよく2g入りグラスが置かれた。
「ウソだろぉ、普通2gなんて一気に飲めんのかよ〜〜」
「さすが大統領の息子…………」
「関係ないけど確かにそうだな……」

ロブ・ハーマン少佐、二十七歳(希望)。
漢である。

「はっはっはっはっはっはっはっは! 大統領の息子って言うなぁ!!」

フラストレーションも充分のようだ。
レッドリバー基地の大集会場はもはや一大宴会場になっていた。最初は基地責任者であるハーマン少佐のスピーチから始まったのだが、小一時間もすれば摂取アルコールの量も果てしない。
各自気のあった者同士車座になって騒ぎ始め、中でも人数の多い所がハーマン少佐の周辺であった。普通、上官は敬遠されがちなのだが、さすがは大統領の息子、意外に気さくで親しみやすく、今では共和国のひそかな【アニキ】である。
ちなみに、帝国の【スター】は美貌の貴族軍人、【アイドル】は皇帝陛下だ。
ハーマン少佐は直属(希望)の部下であるオコーネル大尉に、空のグラスを突き出して言った。

「オコーネル大尉、次はお前の番だぞ」
「少佐ぁ〜〜、無理ですって。2gは飲めませんよぉ」
「……せっかく俺が上官に無理を言って『閣下、基地兵士のリラクゼーションのためにも親睦会は必要です』と頼み込んで、軍から許可を取ったこの忘年会の、この俺の酒が飲めないのか?」

ハーマンは静かな目をして、オコーネルの肩に手を置いた。

「い、いえっ……っていうか、この忘年会の酒代って結局少ししか予算が使えなくって、基地の仕官連中が給料の中から出し合って、でもその中で一番多く出したのは自分ですから、自分の酒とでも言えるわけで……」
「(お前の場合、実家が資産家(希望)だから一番多く出してもらわないと不公平だからな。いやそれは置いといて)オコーーーネル大尉」
飲めないのか? ン? ンン? 俺の酒が飲めないのか? とでも言いたげに、ハーマンはグラスをずいぃっ、とさし出す。

「飲むよなーきっと」
「ってゆーか、ほら。オコーネル君だし」
「だよなー、いつもエラそーなのに」
「ハーマン少佐の命令受ける時ばっかりにこにこしちゃってさ」

基地中央司令室にて、ハーマン少佐とオコーネル大尉のやりとりを常々見て(あてられて)いる通信兵たちは互いにささやきあう。

「知ってるか? 最近、少佐が早朝シフトの勤務に遅れそうになった時にだな」
「お、何だ何だ?」

通信兵の周りに、火器整備班の連中も寄って来る。

「ちょうど大尉から少佐に交替にする時だったもんで、大尉が15分前に起こしに行ったんだ」
「少佐をか?」
「ああ。で、上官2人に何かあっては大変だと、少佐の部屋の前にある集音器(マイク)と監視カメラの映像を、警備室に頼んでまわしてもらったんだ」
「そーそー。人生何が起こるか分からないしな」
とは、警備室兵士のオコトバである。


「それからそれから?」
「部屋の前で大尉が言った台詞がまたすごい」



『ハーマン少佐、起きて下さい。交代の時間ですよー』
『……[←ハーマンの台詞。ドア越しなので、音がよく拾えない]
『え? 駄目ですよ。少佐が起きて顔を洗って朝食を摂って制服を着て部屋から出るまで、最短で7分20分はかかるんですよ? 交代時間まであと11分しかないんです。あと5分も寝てたら完全に遅刻ですよ』



「……いまどき、夫婦だってそんなことは知らんぞ」
「さすがオコーネル君」
「あ、涙目になってる」
「あー、無理だな。飲み干せないよ」
「つーか無理だろ、2gはさ」

周囲の兵士たちの会話をよそに、オコーネル大尉は一生懸命に飲んだ。
(に、2gってなんでこんなに多いんだ!?)
一気に飲んだら急性アルコール中毒で昇天しそうな量である。

「ンク、ン、ンン(←point!)……ゲホッゲホゲホッ」
「あぁ……オコーーーネル大尉。全部飲めなかったんだな」

俺は残念だ、と出てもいない涙をぬぐうハーマン。

「本来なら上官命令に抵抗したかどで軍法会議にかけるところを、全部飲めれば不問にしようとせっかく思っていたのに……」

(嘘だ)

と、誰もがつっこむ。

「ううううううう……少佐」
「オコーネル大尉、そんなお前にふさわしい罰ゲヱムだ」

ハーマンは隣のグループにいた衛生兵を呼び寄せた。

「罰ゲーム、で、ありますか?」
「そうだ。罰ゲヱムだ」

重々しくハーマンはうなずく。

「用意はできたか?」
「はい、準備万端です!」

衛生兵は女性だった。
目元がほんのり赤く染まって美人だった。
何故か隣に、同じく女性の看護兵が数人いた。

「「「さあっ、オコーネル大尉! どうぞこちらへ!!」

なんだか嫌な予感がする、と大尉は思った。



「ハーマン少佐、質問があります」

引きずられていくオコーネル大尉を見送ってから、通信兵は挙手した。

「おう、何だ。罰ゲヱムの中身は聞くなよ」
「げ……、いえ、えーと。あ、もしかして大尉をハメました?」
「はっはっは、わざわざしなくても簡単にはめられぞ」

 さわやかな笑顔である。さすがアニキ。

「オコーネル君ってエラそーでむかつくけど、ちょっとかわいそうだな」
「だなー」

オコーネル大尉が『ドナドナ〜♪』と牽引されてから30分。先程の衛生兵が帰還して敬礼した。

「任務完了致しました!」
「おう、出来はどうだ?」

衛生兵は微笑んだ。

「最高です」
「よくやった」
衛生兵とハーマン少佐は通じ合った笑みを浮かべた。事をやり遂げた者同士のみが通じ合う、心と心だった。

「連れて来い」
「はっ」

火器整備班の兵士が手を挙げた。

「あのー、少佐、いったいオコーネルはナニをされているんでしょうか?」
「もうすぐ来る。ちょっと待ってろ」
待つ事3分。

衛生兵と看護兵たちは、シーツを被せた何者かを随行して来た。

「カウント用意」
「はっ。カウント用意」

衛生兵が復唱する。

「開始」
「開始します」
「10、9、8、7、6、」

周囲の兵士たちは生唾を飲み込んで待つ。

「5、4、3、2、1、」


バサアッッ


―――――――――――あ


「(((@v@/)))」
「(。○。;)」
「(( ̄□ ̄;))」
「(・_.)!?」
「?(。_.)?(.\.)?」

これ以上ないくらいの衝撃だった。
大脳が停止するヒトトキであった。

「…都市迷彩シティ・カモのろんぐスカートに」
「……白のレース付きぶらうす?」
「………しかもスカーフ付き」
「頭には、は、は、はははははは」
「ばかっ、指差して笑うな! 大尉が睨んでるぞ!」
「いやでもなんて言うかあはははは」

リボンである。
とても可愛らしい大きなリボンである。

「「頑張って大尉を女装させてみました!!」」
「被験者には背丈があったので、ヒールの無いサブリナ・シューズを履かせ」
「砂漠地域で乾燥しがちのため肌が荒れていましたので、化粧水・乳液コンボを5分間パックで誤魔化し」
「化粧下地とファンデーションを厚塗りして肌色を均一にし」
「付け睫・青のカラーコンタクトを装着させ」
「赤いルージュを唇を引き」
「青のマニキュアを塗り」
「銀のピアス(穴無し)で飾り」
「パットも入れたので完璧です!」

衛生兵が報告を続ける。

「スリーサイズは上から、75、71、88でした。もう少しパッドを入れたかったのですが、抵抗されましたので……」
「普通抵抗するぞ! お前たちいったい何を考えているんだ!!」
「なお、本件に関しましては基地最高司令官より全権を委任されております。被験者の意思は考慮されません、と申し上げたはずですが」
「ふざけ―――」

「ちなみにぃ、一番がんばったところはぁ」

一番カルそーな看護兵が、女装大尉の言葉をさえぎってそのスカートのすそを持ち上げたっ。そこには!?

「なんとかして黒の網タイツをはいてもらったことですぅ。えへぇ(はぁと)」

わりと白めの地肌が透けて、イイ感じだった。

「あーーー……、ロマンだよな」
「網タイツ、ハイレグ、ウサギ耳か? 足りないほうが多いぞ」
「こんなところで拝めようとは(感涙)……」
「あははははははははははは」
「るぅしぃぃぃ(恋人の名前らしい)、俺が悪かっちゃばい〜〜許してくんりょ〜」
「やめとけアレはオコーネル大尉だっ」
兵士たちの反応はさまざまである。酒乱も混じっていてなかなか楽しい。

「……は・あ・ま・ん・しょ・う・さ?」

大尉の目は本気マジだった。マジ過ぎて、血の涙が流れんばかりであった。

「はっはっはっはっはっはっは」

少佐は笑っていた。笑いすぎて、こちらは腹筋が切れそーだった。
少佐は大尉に抱きついた酔っ払いを引っぺがして言った。

「似合ってるぞ、オコーネル大尉」



……後日、似合っていると褒められたことを喜ぶべきか、それとも女装が似合うことに涙すべきか、はたまたこんなことをされてもハーマン少佐への敬愛の念が薄れない自分を責めるべきか、オコーネル大尉はアイデンティティが危うくなるほど悩んだと聞く。

 

初出「Green Day -みどりの日-」(2000.11.03発行)
脱稿 2000.11.03
改稿 2005.04.11