見慣れぬ人物が見慣れたゾイドに搭乗し、フィーネとジークが手(尾)を振る。
短気な同僚トーマ・R・シュバルツが憤慨するのを宥めながら、GFバン・フライハイト隊員は叫ぶ。
「またな! アーバイン!」
人影の金髪が暮れゆく太陽を反射し、コマンドウルフは駆けて行った。
『だいたい、あれは何者だ! 密輸業者の仲間ではないのか!? 何故逮捕しないのだ!』
ダムッ
通信機から鈍い打撲音が聞こえてくる。
激昂のあまりビークのコントロールパネルを叩いたらしい。金切り音が響く。
『KILLLLYOUAA!!』
『ああビー―クッ、すまん! え? なにぃ? 八つ当たりはよせ? いいやこれは八つ当たりなどでは、断っじてっ、なぁいっっ! GFとしての正当な抗議であるっ………!』
「八つ当たりだろ?」
「八つ当たりよね」
『アぅアラヴぃぃv』
ブレードライガーの中にいるジークまで賛同の意を表わした。
『フィーネさぁぁあああんん(泣)』
バンとフィーネは顔を見合わせて、また、笑った。
2人を乗せて、ライガーは軽快に基地へと走る。その後方にはAI搭載のディバイソンが大量の砂塵を巻き上げて続く。
周囲は障害物も何も無い荒地と砂漠だ。加えて速度は重量級のディバイソンにあわせているので、ジークとバンにとっても並足レベル。ライガーの気の向くままに走らせてもなんら問題は無い。
バンが固定ベルトを外して伸びをし、後部座席のフィーネが背もたれにあごを乗せる。
「ねぇ、バン」
「んー?」
キャノピーの外を流れていく赤茶けた荒野。
「全然変わってないわね」
「そうだな」
フィーネの細く白い指が、バンの硬い髪の毛をつまみ、いじる。
お互い黙る。
ビークとトーマの言い争い(ビークの言葉をいちいち繰り返しているのでトーマの独り漫才にしか聞こえない)が子守唄。
目を瞑ると、身体に響く心地よい振動。
――再会に驚いたのは、最初だけだった。
なんといっても金髪スカートの変装にはビックリしたが、ひねくれた性格や、相変わらず自分を子供扱いするところなどは以前のままだ。
ゾイドの腕が良いことも。
今頃、相棒のコマンドウルフを走らせて、近くの街に向かっているのだろう。彼のコマンドウルフは高低差の激しい地面を苦もなく駆ける。癖のある動きをする脚関節部分にその秘密があるのだろうと、勝手に思っている。
(いくらなんでも、あの走り方はなんか変だよな)
がっくんがっくん、上下に揺れるのである。振動が直接機体に伝達されて、かなり負荷がかかる、と思うのだが、問題があるとはアーバインから聞いたことがない……
つらつらと考えていると、フィーネが一房髪の毛を引っ張った。
「フィーネ、痛い」
しかしフィーネは抜いた髪の毛をパラパラと落とし、
「ねぇ」
それっきり、また黙る。
「どした?」
「ん」
また、バンの髪の毛をいじりだす。
「わたしね。すごく安心したの」
「…………アーバインにか?」
「そう。私もバンもすごく変わっちゃったでしょう? 背とかいろいろ、あっという間に」
「あと胸もなででででででで」
フィーネは、思いっきり引き抜いたバンの髪の毛を吐息でふっと散らし、
「だからね、全然変わってないアーバインを見て、すごく安心したの」
「そっか」
この二年で背が伸びた。
アーバインが小さく感じられた。
ゾイドの腕も、正規の訓練を受けて上がった。対人戦闘も出来るようになった。
アーバインに、近づいた気がする。
「でもさ、アーバインもどっか変わってるはずだぜ」
「たぶんね」
外見ではなく、中身が。
例えば自分は、二年前と比べれば冷静になった(ような気がする)。
例えばフィーネは、二年前に比べれば天然さが抜けて交わす会話が普通になった(気がするが塩コーヒーはやめて欲しい)。
例えばジークは、…………発音がうまくなって、前より言っている事がわかりやすくなった(のは自分だけらしいが)。
だから、アーバインもどこか変わったはずである。
「でもね。今日みたいにアーバインを見ると、変わってないと思うの。アーバインがアーバインらしいところって、本当に全然まったく少しも変わってないって」
ふと考え込む。
(アーバインらしいところ?)
「すぐ殴るところとか?」
「口の悪いところもよ」
「そーだな」
そのあと、思いつく限りを延々と挙げてゆく。
歩き方や走り方、夜寝る時はいつも見張りをしていただとか、相変わらずジークを狙っているだとか。
大半が他愛もないことばかりだ。
それでも、自分たち2人は、とても多く、彼について知っている。
にやり笑ってしまう。今頃彼は、ひどいくしゃみでもしているだろう。
『フィーネさん……。どう聞いても、その男は不審人物なのですが……』
ビークを言い負かしたかされたか、トーマが通信を入れてくる。
「あらトーマさん。そんな事ないわよ。アーバインってとっても優しいのよ。ねぇ、バン」
「優しい? 優しいっていうかなーー…………」
『いえっ、私は決してフィーネさんを疑っているのではなくてですねっ。何故そこまで詳細に知っているのかと疑問を覚えつついややはりそれでもかなり怪しいとっ………』
焦るトーマを横目にバンは呟く。
「優しいってより、……悪人っぽいけど悪人じゃないんだよな」
「いい人よね」
「なんのかんの言っててさ、ジーク取ってかなかったしな。俺たちのことかなり面倒見てくれたよなぁ」
「改まってお礼を言ったら、絶対照れるわ」
「言えてるな」
初めて会った時、ジークをオーガノイドだと知った。その価値も知った。奪おうとした。
それでも。
自分たちを殺してまで奪おうとはしなかった。子供2人、息の根を止めてその死体を砂漠に捨てる事など、彼には(物理的には)たやすくできたはずだ。
それでも。
流れの賞金稼ぎを自称しながらその仕事もせずに自分たちにくっついて、半ば守るように旅をした。他人に甘いわけではない。どこかで見捨てる一線を持っている。
それでも。
「悪いやつじゃないよな」
「だってアーバインだもの」
フィーネが微笑むのが声でわかる。
自分の顔も、笑っているだろう。
バンは伸びをし、固定ベルトを締め直す。
「そうだよな。なんてったって、一年は一緒に旅したんだもな。
それくらいはわかってなきゃだよな」
ペダルを踏み込み、レバーを押す。バーニアの出力が上がり、ライガーがより速く、より大きく走り出す。
「そうよ。わかってなきゃ、元旅の仲間、失格よ。ルドルフに怒られちゃうわ」
『るヴぁv リッらルりッあル』
ディバイソンがみるみる小さくなり、トーマが慌てて『遅くしろ』だの『ちょっと待て』だの叫びだしたが、気にせず通信を切る。
「あー、元気で皇帝やってかなあ」
「会いに行く?」
「そのうちな」
ルドルフの戴冠式から、お互いばらばらに分かれたが、こうしてまた会えた。
他の仲間にも、また会えるだろう。
それまで待つのも、悪くはない。
ひどく楽しい気分でブレードライガーを走らせる。
フィーネとジークも、楽しそうだ。
今日はいい日だった、とバン・フライハイト隊員は思った。