死んだゾイドは石化が始まる。
コア(核)の活動が停止し徐々に石化する。
続いてコアの周辺、コクピット、生来の武装、各関節の結節部、前足の末端と爪、後足の末端と爪と尾。最後にキャノピー。
そうしてゾイドは完全に石となる。
死んだゾイドの亡骸は、このあたりでは砂漠に捨てられるか葬られる。
やがて日々が過ぎて風化され、浸蝕され、惑星を渡る風にまぎれる。
コマンドウルフは今日、葬られた。
「あ」
ムンベイが声を洩らした。
GF基地の24時間営業の喫茶店でだった。
時刻は真夜中を回った頃で、望月の双子月が天頂に在る時。
「どうしたの?」
「聞こえないかい?」
GF基地の機能は宿直以外終了している。
店内もまた客は少なく、静かだった。
「ああ。まただな」
『るヴぁ』
基地の外側に当たる、砂漠に面した窓がまた小さく振動する。
「ライトニングサイクスの、背中の二連砲撃じゃな」
「さすがにサイクスの生みの親ね。……Dはお母さん?」
「………嬢ちゃん」「……あのね、フィーネ」「ちょっとまずいだろそれ」
首を傾げたフィーネは、コーヒーに塩を足す。
「アーバインは、何故、コマンドウルフを壊すの?」
暫く、誰も答えなかった。
ジークも静かに外を見ていた。
「……………それがあいつの別れ方なんだろうさ」
ムンベイは一呼吸置き、
「でもまぁ、あたしん所じゃまた弔い方が違うけどね」
「国により村により、人により違うのじゃろうよ」
「ムンベイはどういうふうに別れるの?」
フィーネがコーヒーをすすり、ムンベイに尋ねた。
「あたしかい? そうだねぇ……あたしの村は住んでる家大体が運び屋やってるからねぇ、」
「うわ、全員がムンベイみたいな感じかよ」
「こらバン、変な横槍入れるなっての」
「あでででででで」
「バンの耳ってよく伸びるのねー」
「おおっ3.4pも伸びとるの!」
閑話休題。
「なにせ一家に一台グスタフやなんかの大型ゾイドがいるから、ほとんど家族か村の一員よ。死んだら、」
ブラックを飲み、
「死ぬ前からね。臨終の時からゾイドのそばにいてやるのよ。交代で。で、最期を看取るのさ」
「ゾイドの体はどうするの?」
「村のそばの谷が人間とゾイドの共同墓地なの。
まぁ墓っていったって、大型ゾイドが相手だから穴掘るのは無理だからね、その家族の墓標の近くに固定してやるんだ」
再び振動した窓に、視線を向け、
「二十年もたっちまえば、大体が砂になってくね」
ソーサーにカップを戻す。
「ゾイドは機体全部が石になっちまうしね、形見もなにもありゃしないけど……。
そうだね。その石を形見かお守りに拾ってくのもいるわ」
「大切なのね」
「もちろんさ。ゾイドがいなきゃ仕事にも稼ぎにもなんないし。家族だし」
暫くして、バンが口を開いた。
「俺の、ウインドコロニーじゃ、ゾイドは死んだら砂漠に行くんだ。ゾイドは石になるだろ?
村に置いとくと石とか砂が増えて、畑が少なくなっちまうんだ。砂漠化って言うのか?
それだと生きてけないからなるべく村や水場から遠くの砂漠に、………捨てに行くんだ」
「捨ててしまうの?」
「遠くだからなぁ。畑の世話は毎日しなきゃなんないし、ほとんど会いに行かないんだよな。
だから、やっぱり捨てるって言うんだろうなぁ」
ミルク入りコーヒーを一口飲み、
「だけどできるだけコロニーの周りを囲むように置くんだ。俺たちを守ってくれるように」
「聞いたことがあるのぅ。
帝国でも共和国でも、辺境の村々ではゾイドではなく馬や牛を使って農耕を行っているそうじゃの」
「……ウインドコロニーも辺境かよ。そーだな、ゾイドと牛だと半分ずつぐらいだな」
「何故牛や馬を使うの?」
「ああいう有機物生命は土になるからの、土の肥料になるわけじゃ。
じゃがゾイドは無機物生命・機械生命体じゃからな、砂として風に還るしかない。
砂は何も生まんからのぅ」
「俺のブレードライガーも遺跡の近くに軍が捨ててった、石になってたヤツだぜ。
それにジークが入り込んで生き返っちまったんだから驚いたなぁ」
「何度聞いてもその話は胡散臭いの〜。完全に石化しとったのか?」
「してたしてた。まぁほとんど崩れてなかったからなー。
きっと復活させやすかったんだろ?な、ジーク?」
『ヴぁう?』
ジークはチャーミングに小首を傾げた。身に覚えがないようだ。
「…………………ジークって、不思議ね」
「…………………フィーネが言うなって」
バンの言葉に、ムンベイもDも深く頷いた。
「なんだ。クルーガーのおっさんじゃねぇかよ。
どうしたんだ?
GF基地にいるなんてよ」
「うむ、大統領がそろそろ首都に帰国するのでな。
その護衛にこの老いぼれも借り出されたというわけだ。
明日ここのゾイドで大統領を迎えにいくのだが、どういうゾイドがいるか見に来た」
「オイボレだあ?
よく言うぜ」
「お前から見れば私は十分老いぼれだ。
………ライトニングサイクスか。いいゾイドだな」
「あぁ。さすがだな。見ただけで分かるのか?」
「いいや。見ただけでは分からんよ。
だがお前が気に入ったゾイドだ。いいゾイドだろう」
「……………………誉められてんのかけなされてんのか分かんねぇな」
「そうだろう。私もよく分からん」
「………………あぁそーかい。
ま、な。こいつはよく走るぜ。俺のやり方にもついてくるし、俺に乗り方を突きつけてもくる。
お互い、癖持ち同士で気が合ったってとこだな」
「コマンドウルフも、ずいぶんと手を入れていたようだな」
「…まぁな」
「ロングレンジライフルもつけていたな。重くなかったか?
あれは本来ゴジュラス用だ」
「…そのためにパーツを拾い集めて脚を強くしてたんだよ。
賞金首は、遠くから一撃で仕留めりゃいい。そうすりゃこっちの被害も少なくてすむ」
「そうか。
……そんな目をするな。飲め」
「…っと、なんだよ」
「酒だ。帝国の上等な、な」
「あんた共和国の軍人だろうが」
「武器も麦酒も帝国製は上等だからな。
腕のいいゾイド乗りは国を選ばん。選ぶのは、」
「『性能だけ』だろ。
………………随分、美味いな」
「いくら飲んでも悪酔いしない。
いい酒だ」
「そうか」
「あらかじめ毛布を用意しておくといい。泥酔してこの床で眠れば、体温が取られて風邪をひく」
「…あんた最高でこの酒何本飲んだんだ?」
「…………数え切れなかったな。ダン・フライハイトの時だった。
お前も数えるな」
「……………………………うん」
砲声はやがて聞こえなくなっていた。
ムンベイとフィーネは席を立って部屋に戻って行った。
ジークも眠かった。
バンが唐突に聞いた。
「じぃさん。俺、やっぱりコマンドウルフは死んじまったと思うぜ」
「む?」
「戦闘データだけじゃやっぱり駄目だろ?
一緒に機体もなくちゃなあ」
「わしは生きとると思うのぅ。
コマンドウルフの戦闘データは、やはりコマンドウルフの一部じゃ。
それはライトニングサイクスの中できちんと機能しておる。
機体を切り貼りしても、コアの入れ替えをしても、記憶の形で命が受け継がれとる」
「でもアーバインも死んじまったって思ってるぜ。
そうじゃなきゃ、壊さないだろ」
ふて腐れたように、バンが呟いた。
Dはブラック塩コーヒーを啜って答えてやった。
「お前らはゾイド乗りじゃからの」
「……そーだよ」
「そしてわしはただのゾイド好きじゃからの」
「………だからなんだよ」
「ゾイドが生きていてくれればよい訳じゃ。
アーバインのコマンドウルフも、ライトニングサイクスも、ゾイドであることにはかわりあるまい。」
Dは笑う。理解を求めずに。
「わしゃあな。
どちらも同じくらいに大切じゃよ」
「………………」
「ジークが死にかけていて、そのコアをコマンドウルフに移植すれば助かるという状況なら、やはりわしはそうするのう」
「……………………あーそーかい」
「納得するもせんも、おまえさんの勝手じゃ。
さて、わしゃ寝るぞ」
「……俺も寝る。ジーク、ここで寝てると風邪引くぜ」
『ヴぇるィぃぃ』
「オーガノイドは風邪を引くのじゃろうか……?」
「…アーバインに攫われるぞ!」
『ヴァうあヱv』
つぶらな目をうつらうつらさせたまま、ジークはバンに引っ張っていかれた……。
……地上のいかなるゾイドよりも速く駆ける黒い機体は、同じくひたすらに優美でもあった。
猫科の肉食獣さながらの湾曲した背骨、均衡を取るための長い尾、爆発的な瞬発力を誇る強靭な後脚大腿部、標的の装甲を引き剥がす鋭利な爪牙。
黒い稲妻、ライトニングサイクス。
無粋な拘束具から解き放たれた獣はいま、彼が生まれて以来の要求全てを充足された。
音の壁を越えて駆ける本能を、獲物を喰い破る本能を、そしてその能力を十全に引き出す搭乗者を得て、この上もなく満足であった。
今宵も主とともに荒野を駆けて来たのだ。彼としては先程の獲物は食い千切るか掻き千切るか、どちらかしたかったのだが、主は決してそれを許さなかった。背に積んだ(彼にしてみれば邪魔以外の何物でもない)砲身で吹き飛ばすだけであった。まぁそれでもかまわない。獲物は既に死骸だったし、動きも飛び跳ねもしない相手に組み付いても楽しくはない。それに先程のヤツは、どうしてか自分も近寄りたくはなかったのだ…………。
キャノピーが開き、主が体内から出て行った。至福の一時は終わった。低音の唸り声をあげてゆっくりと首を垂らし、生命維持と近距離探査以外の機能を落とし、自我を眠りにつかせる。
彼は主を得てから、眠る事がなにか楽しくなった。
主の夢を見るからである。
彼が見る夢は記憶集積回路の整理スケジュール時に漏れ出すエラーの断片に過ぎず、またそれは睡眠時以外の出来事の再構築に他ならない。しかしそれらは奇妙なことに、出てくる主が現在よりもずっと若い少年(!)の時もあり、また彼が見たこともない(!)深い大森林などの風景なのである。そしてその夢の中でこの上もなく幸福なのである。主と共に戦い、主と共に走る。どれほどの強敵であっても、主と共に在るならば、それは全く問題ではない。
自分は記憶に重大な欠陥を持っているのかとも不安になるが、この夢が奪われるくらいであれば欠陥持ちでも良いくらいである……………!
ライトニングサイクスは、今夜も幸福の残滓を夢見る。
2001.12.25 脱稿
(初出:『Days』より)
2008.11.09 改稿