カツンカツンカツン……カツン。

薄暗い廊下を、パツキンウィッグがずれないように注意しながらアーバインは歩く。
軍からの流用ゾイドをベースに使用しているため、非合法にゾイド狩りをする無法者の大型ゾイドの中にも、侵入者を拘束しておく個室が幾つかある。内部の容量の割りに人数が少ないので、新入りの彼でも簡単に見張り担当になることが出来た。
(あのバカ、相変わらず無茶しやがって)
鋼鉄の扉の覗き窓から室内の様子を伺う。

(…………………………寝てやがる)

心に疲労を感じつつ、アーバインはロックを解除して中に入り――途端に胸倉を掴まれ引きずり込まれる!

(なにっ!?)

DAMM!!

扉が蹴り飛ばされ、軋んだ音を立て閉まる。

「……おいバァカ、何しやがる」
「なんだ、やっぱアーバインじゃんかよ」

胸倉を掴まれたままのアーバインに、少年の顔がズイズイッ、と接近する。

(こ、こいつ、ずいぶんデカくなったな。2年でこんなに成長するもンか?)

でかい。
すでに青年と呼んでも差し支えない体格だ。
別れる前は半分しかなかったバン・フライハイトの背丈は、いまや頭一つ分まで迫ってきている。キノコでもないのに伸びすぎだ。あの喰えないオヤジ(=クルーガー)かジジィ(Dr.D)に改造されたのか。
昔、遠い旅先でみた「タケノコ」のようだ。
などど賞金稼ぎ兼保父の青年が心中でいろいろ考えている間、バンはじーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ、とアーバインの顔を見つめる。
その距離、18p。
バンはなにやら悩んだ。
悩んでなにやら決定した。
バンは掴んでいるアーバインの胸倉をぐぃっ、と引っ張りその首筋に接吻してみた。

(…………は?)

「おかしな変装してっから迷っちまったぜ〜」
ったくびっくりさせんなよなー、とぼやきつつバンは上着をはおってベッドに座る。
覗き窓から寝ているように見えたのは、シーツ類でカモフラージュされたものだったらしい。
バンのさりげない動作に、何が起こったのか把握できないアーバイン。全身が硬直している。

「で、なんでアーバインがこんなトコにいるんだ? まさかここの連中の仲間だなんんて言うなよ」

…………はっ。

「仲間じゃねぇがな……つーか、……あー、お前」
「ん?」

見上げるバンの眼にはいかなる曇りも無かった。「信頼してるぜアーバイン!!」と語っていた。

「…………いや。でかくなったな」
「だろー! なんか最近寝てる時に体がギシギシ鳴るんだよな〜。この間なんかフィーネにジーク用のオイルさされちまったぜ!」

気のせいか、と首を傾げてバンの頭をポムッ、と叩く。
痛い。
髪の毛の逆立ち具合も成長していた。

「まぁお前でもいねぇよりはましだ。最近のゾイド狩りの調査だろ? 付き合えよ。俺もそろそろ動こうと思ってててな」
「ゾイド狩りしてたのはやっぱりこいつらか……何たくらんでやがんだが。あ、付き合えっていやさ、アーバイン」

ちょんちょん。
くいくい。

バンがアーバインのワンピースのような服の裾を引く。

「なんだ?」

バンの隣に座る。
じーーーーーーーーーーーーーーー。
30秒ほどアーバインを上から下まで眺めた後、バンはうれしそーにアーバインに抱きつく。

「やった〜〜〜〜、やっぱアーバインだ〜〜へっへ〜やった〜〜」
「!!!!!!!!!!!??????????」
「やっぱりアーバインっていいよなぁ。俺好きだよ」
「なにがいいんだって……あン?」
「おれ好きだぜ。アーバインのこと、ほかに比例するものがないくらい好きだ」

体も頭も成長したらしいバンは、ちょっと凝った慣用句も言えるようになっていた。

「………………………(右脳が止まっている時間)………………………いやっ、ともかくちょっと待てってなんでいったいお前俺を押し倒す!?」
「なんだよ決まってんじゃん」

アーバインって案外初心ウブだなぁ。

心停止を起こしかねない衝撃的な単語をと口にしつつ、バンはアーバインのカツラを取り外す。

「ベッドですることなんて、2つしかないだろ?」

健全笑顔がよく似合うバン・フライハイト(16歳)は、共和国式拘束術でアーバインのもがきを封じ込んだ。

「寝るか、ヤルか、だぜ♪」
「おいおいオイオイoioi(-_-;)!!」
もはや起き上がれないアーバイン。いくらなんでも嘘だろ、とうめく。

「お前クルーガーのオヤジの所で何やってたんだ!?」←ナニしてたんでしょうね。

バンはさらりとシカトした。

「好きだ」

頭の中ででその言葉を反芻する間もなく、唇が重なる。
ゼロリ、と歯列の裏側を舌先でなぞられる。
後頭部を掴まれていた。
背中にも腕が回っていた。
酸欠になる。
舌が絡められる。


―――まずいことに、巧い。


かちゃり。
アーバインは、バンの手が自分のベルトにかかったのを感じた。





「っっっっっ!!」

ハァハァハァ……ハァ。

室内は薄暗く、アーバインの腹から肩にかけてオーガノイド・ジークの尻尾が乗っていた。

『キュウ?』

ジークがラブリーな目を向ける。

「……何でもない、何でもないぞジーク」

ドクドクドクドクドクドクッ、と心臓が早鐘のように打っていた。
アーバインは薄暗い周囲を見回す。
砂漠はGF基地の、言わずと知れたバン・フライハイト隊員の部屋である。
現在のアーバインの身分は民間協力者で、バンの部屋に補助ベッドを入れて寝泊りしていた。
隣では元凶であるバンがお気楽そーにぐーすっか寝ている。


絞めるか。


甘美な誘惑をなんとかふり切り、とにかくシャワーを浴びることにしたアーバイン。
冷や汗がひどい。

「疲れているのか……?」

長年の相棒・コマンドウルフ大破乗換事件の影響かもしれない。
冷水シャワーを浴びてさっぱりしたアーバインは、何気なく洗面台の鏡を見て―――見なかったことにした。

(虫に刺されただけだっっ!!)

首筋をね。





……真相は藪の中、というのがオチである。


 

2000.08.10 脱稿
(初出:『えとせとら』より )