熱砂の大地に鮮血の太陽が沈んでいく。

「あーーー……。疲れたな」

GF基地本部付属施設、終日営業のカフェテリア。
バン・フライハイト隊員はスチール製の椅子にどっかりと座り込んだ。
今日も今日とて、ご近所の岩場の野良ゾイドに餌付けをし、流れの野良ゾイドとの喧嘩を(ライガーで)仲裁し、午後から近くの遺跡の予備調査をし、基地に帰投してはライトニングサイクスの訓練につきあったのだ。
普段の仕事量からそれほど超過しているわけではないが、最近暗躍するヒルツ一味への警戒もあり、気苦労が絶えない。
明日は久々の非番である。

「ジーク、明日はどーする?」

『キャウ?』

バンのそばで丸まっていたジークが首を傾げる。(ラブリー!)

『ヴぃいいゥ……キャ!』

店内に入ってきたGFの同僚、トーマ・R・シュバルツの姿を認めてジークの頬を金属皮膚が発熱する。あいかわらず制服の襟ホックまでとめている。

「よ、トーマ」

「座るぞ」

『キュアァンv』

先日(『皇帝の休日』)、トーマがジークにアイノコクハクをしてからというものの――

「………………ジーク、すまない。俺にはビークがっ……」

(兄さんが、の間違いだろ)

心中バンは突っ込む。

これも先日(『悪魔の迷宮』)のリーゼ洗脳事件で発覚した、シュバルツ中尉ブラコンの事実。

メカフェチでブラコン。

人間としてなかなかに境界線上だと思われるのだが、顔立ちの良さと冗談みたいな運の悪さで笑いオチ、というのが基地の通説だ。

「今日も一日、何もなし、か」

「ああ、ライガーの調子もいいし、アーバインのライトニングサイクスも慣熟走行だっけ? お互い馴染んできたみたいだしなぁ」

「お前たち、また訓練中に反応と移動の速度が上がったそうだな」

「やっぱレイブンのことを考えると、まだ遅いんじゃないかって思っちまうんだ」

「それにしても速すぎる。次に編成を組む時に、他のゾイドがついていけないぞ」

「うーーーーん……。ディバイソン、特に足が遅いしなぁ」

「着実な歩みをするのだ。ライガーとは最高時速時における安定性がちがう」

「サイクスには負けるだろ?」

「……重量級と亜音速を出すゾイドを一緒にするなぁ!」

「あっはっは」

『キャうヴぃ!』

閑話休題。

「まあ、最近は物騒だからな。多少なりともゾイドの性能を上げようといのうは、良い心がけだが」

「だろ? ったく、レイブンも何してんだかなぁ」

「アレは強敵だからな。こちらとしても出来得る限りの対抗策を……ん?」

兄である。

「あれ? 下の入り口のとこにいるのって、シュバルツ大佐だろ。なんかあったのか?」

「いや……」

ガイロス帝国軍のシュバルツ大佐が、カフェテリア下のエントランスホールを出口に向かって歩いていく。その後ろには意識不明とおぼしき負傷兵らが数人、簡易担架で運ばれていく。

「確か、リーゼに催眠をかけられた兵士たちだ。体質が合わなかったのか、催眠に深くかかってしまったのか、なかなかこちら側に帰って来られない者もいると聞いた」

「こちら側って」

笑い事ではないのだが、とトーマは前置きした。

「オハナバタケにいるそうだ」

「…………それかなり怖いぞ」

『キュアイィ』

シュバルツ大佐の前方で、今度は基地入り口の防弾ガラスがスライドする。

「あ、ハーマンだ」

「ハーマン? ヘリック共和国大統領の子息、ロブ・ハーマンか」

「そうそう」



――――ヘリック共和国軍ハーマン少佐が基地の受け付けへと進む。ホール奥からはシュバルツ大佐の一行。

づかづかづかづかづかづかづか。

カツカツカツカツカツカツカツカツ。

すれちがう、一瞬。

少佐の口が笑みを作り、大佐の目元は涼やかに細められた――――



「ふふん、兄さんの勝ちだな」

(大佐って呼べよ。軍人は公私混同しちゃいけねーんだろ)

バンはいろいろ思ったが、結論としてはブラコンに落ち着いた。

「なんでシュバルツ大佐が勝ったんだ」

「地位にゾイドに操縦技術、加えて容姿に決まっている」

(聞いた俺が馬鹿だった)

「ああ……兄さんは昔から凄かった」

「えーと、メニュー、何にしよっかなー」

やっと注文を取りに来た店員に、バンはミルク入りコーヒーを頼む。

「あとサンドイッチセットも」

「かしこまりました」

「あれは俺が年端もゆかぬ、幼いときだった」

「……ついでに砂鳥の照り焼きとシチューも」

「聞け貴様」



――――流行り病で、母親が死んだ。

もともと病弱で、病に倒れてから数日で亡くなった。苦しまなかったのが救いだったろうが、無論、幼子にそんな事が分かるはずもない。母恋しさに、弟はずいぶん泣いていた。 葬儀前夜は使用人たちも準備で忙しく、子供はたった独りで寝かしつけられた。

寂しかった。
真っ暗な部屋で、独りでいるのはとても寂しかった。

たぶん、母親の硬直した美しい死に顔も怖かったのだ。

「トーマ、入るよ」

兄には分かっていたのだろうか。
小さな弟なりに、母の死を理解していたことを。
「トーマ?」

「……おにいさま」

「トーマ」

兄が部屋の小さなライトをつけた。

「おにいさま、おかあさまが」

「……トーマ」

兄は弟の頭を撫でる。

「トーマ、いいかい。お母様はもう、いらっしゃらないんだ」

とても優しい声で、弟を諭す。

「もうずっと、いらっしゃらないんだ。でも、僕がいるから大丈夫だよ」

兄は泣き続ける弟を、一晩中慰めた――――



「兄さんだって辛くないはずがなかっただろうに、俺を優しく慰めてくれたのだ!」

「ここのシチュー旨いぜジーク」

『ヴぉンホ?』

「ああっ……兄さんっっ……」

「恥ずかしいから自分で自分を抱きしめるなって」

時刻は夕食時。
カフェテリアもレストランに衣装変えし、店内も混みあってきた。

「……ほら、例の」「ブラコン?」「メカマニア」「フェチフェチ」「陶酔してるな」「ナマのアブノーマルってはじめて見たわ」「顔はいいのに」

視線がイタイ。

同じテーブルにいては自分も同類にされると背筋を凍らせたバンは立ち上がり、

「じゃ、ごちそうさまでし」

グワシッ、とトーマに腕を掴まれる。

「なんだろうなぁこのレシートは」

「いやほんとなんなんだろうあははははは」

バンとトーマ、互いに顔を見合わせる白々しいひととき。

「そういえば、あんなこともあったな。あれは兄さんが仕官学校から長期休暇で帰ってこられた時だ……」

「まだ続くんかよっ」

「あらあらバンも大変ねぇ」

「助けてくれよムンベイおねーサマ!」

「え? 夕飯おごってくれる? 嬉しいねー」



――――高い天井には多数の照明機器。重低音が骨まで響くスピーカー。むせかえりそうな、酒の、香水の、熱気の渦。
地下の非合法の闘技場は驚くほど広く、しかしそのほとんどがすでに若者で埋まっている。
大型照明は中央のリングに集中しており、先程から行われている試合を浮かび上がらせる。

「すごい!」

十を幾つか数えた程度の弟にも、兄の強さは理解できる。
華奢な兄の、2mはある巨漢にも引けを取らない打撃力。
見かけとは裏腹の、トーナメント戦を連続で勝ちあがる体力。
眉目秀麗なその朱唇からはなたれる、スラング交じりの挑発。
兄は血の気の昇った対戦者たちを、次々といなしていく。

効率良く相手を叩きのめす方法を仕込まれている軍人(候補)と、場慣れはしていてもアマチュアの域を出ないここの出場者たちでは、結果は明らかだ。

「兄さんがんばって!」

負傷者の山を築き、カール・R・シュバルツは『格闘王者決定戦inガイガロス』大会の優勝を飾った――――



「……それは下町で行われていた、格闘技の民間大会だったらしい。トーナメント戦の武器使用禁止、禁じ手なし、生死を問わない『何でもあり』の格闘技大会だった」

「おっそろしい大会だなー」

『ヴぁう』

「たまたま朝帰りをした兄さんを見つけてつれていってもらったのだが、すでに前年も優勝していたそうだ。次の年も兄さんは優勝し、大会史上初の三連覇を成し遂げた」 

「へ〜〜〜。じゃ、シュバルツ大佐は負け無しかい?」

「うむ。その後は仕官学校を卒業して任地に赴かれたからな。事実上の勝ち逃げだ」

(あの時の兄さんの雄姿が今も網膜に焼きついています。あぁ……兄さん。尊敬しています……)

はうっ、と身もだえているが、夕食のピークもすぎてお客も少なく、トーマが少々奇抜な行動をしても注目を集めない。

「あ」

うんざりして窓を見ていたバンが声をあげる。

「あら、アーバインじゃないの」

カフェテリア下のエントランスホールを、作業用のつなぎを着たアーバインが整備場に向かって歩いている。

「あいつ、まだサイクスの整備やってたのか」

「工具箱を持っているところを見ると、これから本格的にするのではないの?」

「ずいぶん遅くまで熱心ねー」

会話が途切れる。

バーに変わった店内での、沈黙の一角。



――――痛いほどの焦りと苦しみ。半身を失う悲しみと、そして絶望――――



「俺、手伝ってくるよ」

「む」

「ヴイぃ」

「ごめんなジーク、耐水ワックスは明日塗ってやるからな」

「なんならアタシがやっといてやろうか?」

「サンキュー、ムンベイ」

「無理すんじゃないよ」

「おー」

バンは走ってカフェテリアを出ていった。

「まったくもう、本当に分かってるんだか」

「さぁな。だが明日は非番のはずだ。大丈夫だろう」

トーマとムンベイはお互いに見合って、ちょっと笑う。

「さてと、アタシもおいとましますか。おいで、ジーク」

『ヴぁイ』

「そんじゃあ旦那。お先にぃ」

「……旦那はよせ」

ひとり残され、トーマはコーヒーをすする。

GFはおもしろい組織だと、彼は思う。
ガイロス帝国、ヘリック共和国双方の軍人たちの縄張り意識は解けていないし、不快な点もある。
しかし、帝国しか知らなかった昔と比較し、格段に視野が広くなったと断言できる。

「まさか上官命令に逆らうとはな……。フィーネさん、あなたの愛のおかげで、俺は変わりました……ふっ」

愛しいあの人と小生意気な同僚が特別な仲(コイビトかは不明)なのは、かなり気に食わない。だがトーマには最近発見した事があった。小憎らしい同僚が、アーバインを見る時の。

「目だ。ふふふふふふ、バンよ。お前は気づいていないのだろうが、その目……」

(柔い、柔らかいのだぞっっ)

とっても愛おしいそーに見るのである。
アーバインを、である。
(アノ目は尋常な目ではない)

少なくとも、バンがフィーネやムンベイを眺める視線と同じではない。

(この際、同性同士なのは目をつむろう)

トーマは拳をにぎる。

「傷心のフィーネさんの手を優しく包む俺。『ありがとう、トーマさん』『そんな、フィーネさん。自分はあなたのようなレディを、悲しみの湖に沈めたくないだけです』『トーマさんって、ロマンチックですね……』『好きです、フィーネさん』『(恥じらいながら)実は、私も……』」

(ふふふふふふふふふふふふ。いける。少々姑息だが、いける。これはかなりいけるぞ!)

トーマは野望に燃えた。

店員が笑顔で声をかけた。

「お客様。そろそろ閉店となりますので、清算をお願いいたします」

「ああ、すまない」

「こちらのテーブルには三名様がいらっしゃいましたので、レシート三枚の清算となります」

「――何枚、だ?」

「三枚、です」

「!!」



「あ、やっべー」

バンがそれを思い出したのは、ゾイドの関節部分用オイルをアーバインに渡した時だった。

「どうした?」

「ん〜〜〜〜、トーマと一緒の席で飯食ったんだけどさ、金払うの忘れた」

「食い逃げしてんじゃねぇよ」

「トーマが払ってくれてるって」

「せこい奴だな」

「たまたまだよ。そういえばお前、夕飯は?」

「まだだ。あ〜……閉まってるよな、あそこの店」

「第四倉庫に行けば、夜食ぐらいは食えるぜ」

「そうだな……って、てめぇみたいなお子サマがそんな所知ってんだぁ?」

「子供扱いすんなよ。第四倉庫が裏で酒場と売店と賭けの胴元やってるのなんか、誰でも知ってるぜ」

「そーやって強がるとこがまだまだアオいんだよ」

「う〜〜〜〜」

GF基地の夜は、おおむね平和にふけてゆく。

 

初出 「えとせとら」 (2000.11.01発行)
脱稿 2000.10.09
改稿 2005.03.05