初出 『Todeskampf』 (..発行)
神飛鳥 脱稿 2002.12.28
寿 入力 2010.03.30
※【訃報 ・後】後の時系列。
※神飛鳥(現在は「おお振り」&「バッテリー」サイト[Cross Fire])の許可を得て掲載。
誤字・脱字等の責は寿による。
死体のない葬儀。
公式の仮面をつけてそこに参列する。
それは、義務。
青白い顔に悲痛な決意を浮かべて見せれば、大衆の期待には応えられただろうか。
押収した遺留品の中に彼の眼帯があることは、情報として知っていた。
だからどうしたというのだろう。
それは彼のものもというだけで、彼自身ではない。
式典が終了し、隊員の家族らの参列者が慰安会場へと移動する中、シュバルツはただ足を運んでいた。どこに行こうというあてもなく、人気のないほうへとそれだけを考えて。
それでも、不安定な様子を周囲に悟らせるようなことはせず。
目的があるかのような足取りで、シュバルツは歩く。
そうして、誰に声をかけられることもなく、ゾイド格納庫へと辿り着いた。
完全に閉鎖されている一画に歩み寄る。
乗り手を失い、封印されたゾイド。
扉の向こうで、死のように深い眠りについて。
「お前は、どんな夢を見ているんだ、サイクス?」
ふと、そんな問いかけが口を突いた。
お前の夢に、アイツは出て来るのか。
「なぁ、サイクス。お前が最後に見たアイツは、笑っていたか?」
組織に捕らわれて、アーバインは自分がどうなるか理解していのだろうか。
「お前は、アイツがどうなったのか、知っているのか?」
眠りについたライトニングサイクス。
その眠りを、邪魔するものはいない。
その眠りを守る扉を、開ける者はいない。
自ら選んだ乗り手以外の干渉を、サイクスは拒み通す。
それはシュバルツも例外ではなかった。
「うらやましいよ、お前が」
サイクス自身にそうするように、シュバルツは扉にそっと手を触れる。
その姿はどこか、サイクスに出逢う直前のアーバインを想起させるものだった。
破損したコマンドウルフに、そっと寄り添っていた、その背中を。
まだ送れない。
過去にできない。
けれど、現実を拒み続けることもできない。
公人としてその責務を果たし、それは現実を受け容れることで。
私人としては何ひとつ、納得できないまま。
そんな自分に、誰一人気付かずに。
誰一人――自分さえも。
人気のない格納庫。
重い扉は、まるでシュバルツを拒むかのように閉じられている。
扉に、そっと、愛撫のようにてのひらを当てて。
中に眠るのは、乗り手を失った一体のゾイド。
頭上からの直射日光とコンクリートの照り返しを受けて、それでもシュバルツは髪一筋乱すことなくそこに立っていた。
足音が、人間のものとオーガノイドのものと聞こえて。
「シュバルツ」
予想通りの声が名を呼んだ。
振り向けば、沈鬱な表情の青年が立っている。その手に何かを握りしめて。
何かをためらっているような沈黙。
ジークが促すようにバンをつついた。
くっ、と手に力が込められる。
「シュバルツ。これ」
バンの手を離れたものが、あやまたずシュバルツの手に飛び込む。そこにあるが当然と言うがごとくに。
一瞥をくれる。
世界が、遠ざかる。
「………………これを、私に?」
「俺より、あんたに必要だと思う」
不本意そうなバンの視線に、ほう、と頷きを返す。けれどそのどれもが遠い。
「行くぞ、ジーク」
絡む視線を断ち切るようにして、バンが踵を返した。その後を銀のオーガノイドが追う。
見送るシュバルツの視線を感じたのか、足を止めて。
「シュバルツ」
「何だ? バン」
再びこちらを向いた青年に、言葉をようやく返す。
言葉を選ぶような、数瞬の間を置いて。
「あんたは、すごく、アーバインが欲しかったんだな」
反応を窺うように束の間シュバルツを見据え、けれどそれ以上何を言うこともなく、バンは立ち去った。今度こそ、振り返りもせず。
その後ろ姿が完全に視界から消えてから。
「甘いな、バン」
もう誰もいない空間に、シュバルツは一人、語りかける。
「『欲しかった』んじゃない。『欲しい』のさ。私はまだ、アレを手に入れてはいない」
自分が始終微笑を浮かべていたことに、シュバルツは気づいていなかった。
想う相手の訃報を受け取って、いったいどれくらいの時間が過ぎただろうか。
「お前より先に、こいつが戻ってきたよ、アーバイン」
一人だけの酒宴は、いつから続いているのだろう。
「お前はいったい、いつになったら私のことを思い出すのかな?」
幻にも、夢にも。
アーバインを見ることはない。
「今頃は、どの空の下にいるんだ?」
その空はきっと、青く高く、どこまでも澄み切っていることだろう。
そしてその空はきっと、シュバルツに頭上には続いてはいない。
「サイクスも、眠ったままだよ、アーバイン」
お前がいないから。
目覚めようともせず。
ただじっと、息を殺して。
動きを、止めて。
まるで、死んだように。
「私も、サイクスのように眠ってしまおうか」
それは、甘美な誘い。
できるはずもない。
「今更これをよこして、バンはいったい何を言いたかっただろうな」
甦るのは、ただ一言。
『あんたは、すごく、アーバインが欲しかったんだな』
「『欲しかった』んじゃない」
もう一度、繰り返す。
「私は、お前が『欲しい』んだよ」
ここにはいない人間に。
「過去形で言われると、まるでもう諦めたかに聞こえるな」
嘲笑が、能面のような顔に閃く。
嘲笑う対象は、いったい誰なのか。
「私はまだ、諦めてはいないよ、アーバイン」
シュバルツを抱く、闇は深く。
陽が沈み、夜が来る。
夜が来れば、双子の月が空をめぐる。
常に傍らにあるのが、当たり前の月。
寄り添って、互いに影を落としても。
ともに満ち、ともに欠けゆく月の様子に、詩人は愛の形を見るが。
昼間は自分と周囲を騙して。
欺くことで日常を演じるシュバルツでも、夜になれば仮面をはずす。
一人になって、暗い部屋の中で若い狼を想う。
ガラスのテーブルの上には、ブランデーと眼帯を置いて。
窓から差し込む月光が、グラスを濡らす。
「狂いそうだ……」
ふと、口にした言葉は、すぐに嘲笑に変わる。
「……狂人の科白にしては、まっとうじゃないか」
すでに狂っている自覚はある。
アーバインが死んだということは、理解している。
ただ、認めていない。
まったく、厄介なものだ、と笑う。
雲がかかったか、月光が遮られ諒闇が訪れた。
シュバルツの内に巣食うモノに、よく似ていた。
窓辺に立ち、シュバルツは再び月が顔を出すのを待つ。なにかを期待するような光が、若草の瞳に浮かんでいた。
雲が切れ、隠れる前となんら変わることのない双子月が現れる。
知らず、溜息が洩れた。
常に傍にありながら、触れ合うこともできない双子月を、嘲笑ったことがある。けれど今は、その月すらも羨望する。
互いの引力で相手を縛り付け、互いに影を落としながらも共に満ち、共に欠ける。
その営みに、嫉妬すら覚える。
共に雲に隠れ、共に雲から抜けて。
常に互いをその視野に入れ。
壊れるときも、おそらく共に。
「うらやましいことだ……」
シュバルツの抱く、闇は深く。
夜はやがて明ける。
明けない夜はない。
晴れない闇は、あるのかもしれない。
太陽が昇る。
夏のピークを過ぎ、確実に弱くなった陽光。
訃報は、夏よりも先にやって来たのに。
時間の経過。
訃報を聞いてから、一つの季節が逝こうとしている。
そのことに、疑問を抱いた。
お前はいないのに。
時間は変わらず流れていく。
けれどアーバイン。
私はまだ、野辺送りの詩は詠えそうにない。
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寿 入力 2010.03.30
※【訃報 ・後】後の時系列。
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誤字・脱字等の責は寿による。