初出 『Todeskampf』 (..発行)
神飛鳥 脱稿 2002.12.28
寿 入力 2010.03.30
※【訃報 ・後】後の時系列。
※神飛鳥(現在は「おお振り」&「バッテリー」サイト[Cross Fire])の許可を得て掲載。
誤字・脱字等の責は寿による。
――バン、シュバルツ将軍をしらないか?
――シュバルツなら、サイクスのとこにいたけど……
――歯切れが悪いな。どうした?
――今、アレを渡してきた。
――そうか……
――なぁ、ハーマン。
――ん?
――どうしてシュバルツは泣かないんだろうな?
バンから渡されたそれを、シュバルツの手の中でもてあそんでいた。
表も裏も、小さな傷の一つも見落とすまいとするかのように視線をめぐらす。
三つのアイスコープを、試みに回転させる。
太陽にかざしたとき、先程とは別人の足音がして。
「……なにを遊んでいらっしゃるんです?」
溜息には、どんな思いが込められていたのか。
「似合うか、ハーマン准将?」
まるで故人のように、シュバルツは眼帯を装着した。
「あなたには似合いませんよ。それが似合うのは一人だけでしょう?」
気遣わしげなハーマンの言葉に、唇を歪めて眼帯をはずす。
「これに入っていた映像は?」
「重要な証拠物件なので、それに残したままあなたに渡すわけにはいかなかったっだけです。保存してありますが、ご覧になりますか?」
ハーマンは意図して、そんな言い方を選んだ。今の時点では、たとえシュバルツが頷いたとして、見せるわけにはいかないが。
画像解析チームの担当者の話は、ちゃんと耳に入っている。
「いや、私が見る必要はなさそうだ」
シュバルツ自ら、指揮をとっているわけではないから。
ふと、シュバルツの瞳が遠くを見る。格納庫の扉越しに、中に眠るサイクスに焦点を結んでいるよう。
「だから、お前は私を拒むのか?」
置いて逝かれた同志。
「シュバルツ将軍?」
呟かれた言葉は、ハーマンに届く前に消えている。
「なにか?」
我に返ったような表情で振り向くシュバルツ。
胸によぎった不安を、ハーマンは意識することもなく押し殺した。問い返すこともできず、ハーマンはあたりさわりのないことを口にする。
「すっかり忘れていたのですが、車が出るのでお呼びに来たんです。慰安会にあなたの姿がないと、うるさい連中がいますのでね」
「それは君も同じだろうに。すまないな、わざわざ足を運ばせて」
誰か人を使えばよかったのに、とシュバルツは笑う。笑顔が創られたものであることに、ハーマンは気付いたのかどうなのか。
「あなたと話してみたかったんですよ。邪魔者のいないところで、二人きりで」
無言のまま、表情だけでシュバルツはハーマンに理由を求める。
「あなたと私は、どこか似ているから。あなたがどうなっているのか、確かめたかったんです」
大切なものを、喪ったときに。
シュバルツの状態を見ることで、己のための予測を立てようとしたのだと。
「……似てはいないよ、ロブ・ハーマン。私は君ほど、強くない」
ほぼ唇を動かすだけの言葉を吐いて、シュバルツはハーマンの横をすり抜ける。
「行こうか、ハーマン准将。あまり遅くなって、余計な詮索をされても困るだろう?」
歩き出したシュバルツの後を、ハーマンは追った。
シュバルツの背中が、どこか不安定に見えた。
慰安会場を抜け出したシュバルツを追って、ハーマンも会場を後にした。
廊下や空室のショートカットを利用し、シュバルツの前にまわりこむ。柱の影で、シュバルツが通りかかるのを待った。
ハーマンに気付かず、シュバルツが前を通り過ぎる。
雪花石膏の仮面を思わせる表情に、思わずそのまま行かせてしまいそうになって。慌てて、後ろから腕を取った。
「どこにいらっしゃる気です、シュバルツ将軍?」
取った腕を絡めるようにして向き合えば、向き合った瞬間にはその人は見事な笑顔を浮かべていて。
「ハーマン准将。つけられていたとは、気付かなかったな」
「会場を出てしばらくはつけさせていただきましたが。途中で行き先がわかりましたのでね。地の利を活かして先まわりさせていただきました」
なるほど気がつかないわけだ、と苦笑して、シュバルツはさりげなくハーマンの手をふりほどく。
「それで、私は会場に連れ戻すか?」
「まさか。お互いもう義務は果たしましたよ。置いていかれるのが嫌だっただけです」
ふりほどかれた腕を更に求め、女性にするようにその手の甲に口付けて。
「お供いたしましょう、シュバルツ将軍」
視線を上げれば、呆れかえった瞳にぶつかった。
完全に、完璧に制御された表情を、崩してみたいと思った。
最初から途中退場する気でいたらしく、シュバルツは自身の車を用意していた。それに同乗し、ハーマンはシュバルツの運転GF基地に戻った。
慰安会の会場となったホテルに部屋は取ってあったが、そこに入る気は全くなかったようで。
まるでハーマンがそこにいないかのように振る舞い、会場から持ってきたらしい酒瓶を手に格納庫へ向かう。
「慰安すべきは、人間だけではないだろう」
独り言のように呟いて。
開けられることはない扉に、背を預けて座り込む。
「ロブ・ハーマン」
一緒に座るべきか否か、迷っていたハーマンに声がかけられる。
「付き合ってくれるのだろう?」
誘うように微笑まれれば、ハーマンに断る理由はない。
シュバルツの隣に腰を降ろし、顔を上げれば、輝き始めた双子月が目に入る。
さしだされたグラスを受け取り、わずかに掲げてから口に運ぶ。
「これは……」
口中に広がった芳香は、シュバルツの趣味とは違って。
「アイツが好んだものだ。見かけたので、つい、な」
そう言ってシュバルツはウィスキーを呷る。
「……俺がいなかったら、一人で飲むつもりだったのか?」
立場を離れ、ハーマンは友人としてシュバルツに接した。
先程のシュバルツの呼びかけで、シュバルツ自身もそれを望んでいるとわかって。
「一人じゃないさ。今だって、二人じゃない」
す、と手を動かし、シュバルツは背後を示す。
背後――格納庫の中を。
「いるだろう? 目覚められないほどに傷付いたのが」
口調に滲んだ羨望に、気付かないハーマンではない。
「傷付いていないヤツはいないだろう? 今夜この地には。その傷の深さに、差はあるにしても」
パックリ割れて血を流し続ける傷口から目を逸らし、その傷をないものとしているのか。
それとも、その表情のように、傷口にさえも仮面をかぶせているのか。
触れることすら痛みを伴うはずの傷口に仮面をかぶせ、常に痛みを意識しているのか。
仮面に隠された傷は、やがて膿み、腐っていく
ことだろう。
そうなったら外科手術が必要になる。執刀するのは誰だろうか。
できうるものならば、そうならないうちに自分で処置してくれることを望むが。
「あんたの傷も、深いんだろう?」
「……さぁな」
ただウィスキーを舐める仕草からは、その傷の深さを窺い知ることはできない。
もしかしたら、と欠けた月を見上げてハーマンは思う。
この男の傷は、傷などという生易しいものではないのかもしれない。
一部が大きく抉られて、欠けてしまっているのではないだろうか。
その穴を、仮面で隠して。
「癒えない傷はないさ」
言葉は虚しく宙に溶けた。
アルコールの芳香が風に漂う。
無言でただ、グラスを重ね。
「私は逝き遅れてしまったんだな」
最後の一滴を干して、シュバルツが独白する。返答を期待していないその呟きに、ハーマンは合いの手を入れることなく聞き耳をたてた。
「喪ったら、生きていけないと思っていたのだがな」
グラスをコンクリートの大地に置き、どこから取り出したものか、シュバルツは眼帯をもてあそぶ。それきりシュバルツは黙り込んで。
砂漠の夜は、深々と冷えていく。
「……それを得て、後を追ったりはしないだろう?」
わずかな沈黙の後、どこかおそるおそるハーマンはシュバルツに問うた。肯定されるはずがないと思っていても、不安がつきまとう。
「遅すぎるんだ、ロブ・ハーマン」
月光をはじく眼帯を見つめ。
「死ぬには遅すぎる。……遅すぎて、死ねないんだ」
呟きは、風に攫われた。
初出 『Todeskampf』 (..発行)
神飛鳥 脱稿 2002.12.28
寿 入力 2010.03.30
※【訃報 ・後】後の時系列。
※神飛鳥(現在は「おお振り」&「バッテリー」サイト[Cross Fire])の許可を得て掲載。
誤字・脱字等の責は寿による。