ヘリック共和国から送られてきた一報を、ガイロス帝国皇帝ルドルフ・ゲアハルト・ツェッペリンU世は小姓より受け取った。
 彼はしばし文面を読み、ゆっくりと息を深く吐いて書簡を重厚な執務机に置く。
 齢二十五を数える皇帝は、しかしその若さよりも遥かに老成した瞳を瞑り、静かに机の上に両の肘を置き、両の手を組む。
 今年より側仕えにあがった少年は、上目遣いに主君を盗み見る。
 彼の主君は常に穏やかな表情と声音で政務を執り、また皇宮での生活を送っていた。このような、翳りを、酷く深い翳りを帯びた憂いを、今まで見たことはなかった。
 皇帝はなお暫く黙し、組んだこぶしの上に額をあてている。
 執務室の時間を刻むのは、年代物の置き時計だ。
 精緻な彫刻を施された文鎮が、吹きぬける初夏の風をはらんで舞い上がる文書をおさえる。
 ゆっくりと、太陽が動く。
 小姓の影が、わずかにゆらぐ。
 やがて主君は顔をあげ、小姓をねぎらう。
「そうですか。わかりました」
 奇妙なほど、その声は小姓の耳に長く残った。