新郎新婦(特に新郎)に野次と喝采を飛ばして新婚旅行への出発を見送った後、座はたいがい宴会へとなだれこむものである。しかし式自体がごく内輪の式であったため、式後につきものの披露宴がない。そのため、参加者も三々五々に流れていく。
「ルドルフはもう帰り?」
「あ、フィーネ。そうなんです。  なんとか時間を調整しているので、もう戻らないとなんです」
「皇帝って忙しいのね」
「はい」
定休日がないんですよ、とルドルフは笑い、そしてひどく改まった顔つきになり、
「フィーネ。一つ、お願いがあるのですが」
「なあに?」
「あの………………………………………おなか、さわっても良いですか?」
「もちろん」
 そんな光景を見ながら、ムンベイは溜息をつく。
 ドレスのために結い挙げた三つ編みがゆらゆら揺れる。
「まったく、どっちが夫婦だかわかりゃしない……!」
 妻は臨月間近のくせに新郎のためにはるばるプテラス経由でGF基地から帝都まで二千`を踏破して来るし、夫は夫で、
「やったぜ! アーバインを追い越したぞ!!」
「あほかっ、てめぇ頭半分は髪の毛の高さじゃねぇかよっ」
「へっへ〜〜〜、悔しいんだろアーバイン〜〜〜」
 妻より親密に他の男(!)とじゃれている。
(これで同棲してるんだからおかしな光景よね……)
 思わず空を仰ぐと、
「……頼むから、ちゃんと避妊方法ぐらい教えておいてくれ」
「………あのね、ハーマンの旦那。あたしはあの子達の親でも何でもないんだからねッ!」
 保護者だろうが、と隣で更に大きな溜息をついたのがハーマンだが、ムンベイは妙な違和感を覚えて、ポンッ、と手を叩いた。
「軍服じゃない旦那って初めて見たから、ちょっと変ね」
「放っておけ。今日は軍人で来ているわけではないからな。
 ……それよりも、だ。曲がりなりにも、バンの奴は『英雄』だぞ?
 『英雄色好む』とは言うが、いくら何でも先に妊娠はないだろうが。そっちも保護者としての責任は果たしてくれ」
「だから違うって言ってんでしょ?  フィーネはともかく、バンには確か兄弟がいるはずだし、それにそーいう知識は軍でも教えるンじゃないの?」
「避妊の一つや二つ、一般常識だろうが」
「まーねー、うちの地方も行商が多いから、特に女にはかなりしっかり教えはするけど……」
 ムンベイとハーマンは仲良く苦笑した。
「フィーネだからねー。ちょっと、無理よね」
「まぁ広報に少々細工したからな、共和国国内ではおおむね好意的だ。  まったく、運の良いやつだぞ、バンは」


  ―――この時期、共和国は壊滅した首都ニューヘリックシティの再建設に国力を注いでいた。
 かつて隕石墜落で壊滅を味わっている住人達は、飽きることなく、新たな首都の構築にいそしんでいる。
 むしろそれは、呆れるぐらいの活力に富んでいたといってよい。
 都市の残骸を惜しげもなく壊し運び出し土地をならし、道路を引き図面を引きビルを建てていく。
 ゼロよりもむしろマイナスからの再建は膨大な手間と気力を要したが、多くの住人は情熱に燃えて取り組んでいる。
 デススティンガーによる被害は、深い。
 再建できず、放棄された街や都市は十を数えた。
 人手不足も各分野で続いている。
 建設工事のための単純労働力の不足もそうだが、特に首都攻防・撤退戦とそれに続いた戦闘で、最終的な共和国軍の残存兵力は、六割。
 部隊の損害が三割を超えれば作戦遂行は不可能、というのが当時の軍隊の常識とすれば、軍そのものが機能不全の数値である。
 ここを帝国に攻められれば、保つはずはなかった。
 また、文字通り消滅した首都機能は、当時七割も復旧していない。
 首都の公共建造物に保管されていた行政書類や情報はほぼ焼失し、残存していたとしても破損が酷く、最初から全て作成し直す必要があった。
 戸籍はその筆頭である。
 『戸籍原本、蒸発!』の知らせに、税務庁職員らは青くなった。
 なにせ戸籍がなければ徴税できない。
 金がなければ国はまわらない。
 無事だった地方都市からの徴税で復興資金を間に合わせる間、申告制で簡易の戸籍を立ち上げ、この後十数年をかけ、統計局が国勢調査を行って正規の戸籍を作りあげていくことになる。
 当然、この混乱に紛れて偽造の国籍を取得する者も出れば、取り忘れる者もいる。
 『英雄』バン・フライハイトがうっかり無国籍になるのも、ちょうどこの頃の話だ。

 共和国の、国家としての機能そのものが、失われていた。

 しかし、その中でも、首都の住人達は奇妙なほど楽観的に日々を過ごす。
 長い休戦を『停戦』にしようとする両国首脳の思惑を、噂として聞いているからかもしれない。
 完成していく首都を目の前に、浮き立っているからかもしれない。
 小さな『英雄』の結婚と続く妊娠は(その順番は意図的に逆にされた)、『新しい命の誕生!』という、月並みだが心踊る決まり文句で報じられる。



 人々は、『希望に満ちた』新しい時代の訪れを、確実に感じていた。



 

2001.05.01 脱稿
2009.11.07 改稿
(初出:『AfterDays』より )