或ル国ノ話

29.push her over



男は女を寝台に押し倒す。

「何をしている。そんな体でどこへ行く気だ」

女は壁に手をついて体を支え、おぼつかな足取りで室内を歩いていた。
偶然にもそれは男の入室と重なり、女は寝台に戻され、横にさせられる。

「それだけで息があがっているだろうに、動けるわけがない。体を慣らすのはまだ当分先だと言われなかったか?」

女の呼吸は速く、額に汗が浮いている。
男は部下の一人に、医師ではなく看護士を呼ぶように命じる。

「貸しにしておくぞ。あのご老体はうるさいからな。お前も小言は聞きたくあるまい」

軽口をたたいいて男は女に毛布を掛け、首筋に手をあて体温を計る。

「……熱があるな。無理をするからだ。腕一本と血を五分の一は抜いたんだぞ。そう簡単に回復するか」

女の呼吸は次第に静まっていくが、目を閉じ答えようとはしない。

「貴様、聞こえているのだろう!」

苛立つ部下を横目でおさえ、到着した看護師を確認して立ち上がる。

「お前の部下たちの件で来たが、今日は無理だな。次まで安静にしていろ。でなければ何も話さん」

病室を出て男は廊下を進む。部下らがつき従う。

「二度手間でしたね」
「世話を焼かせる。看護師を増やして、一日中付き添わせるように手配しろ。費用は俺にまわせ」
「しかし」
「かまわん。あいつが意地になるのも、俺が原因だろうからな」
「……はい」

男がぼやく。

「だから馬鹿だというんだ。今更だろうに」






部下の件、と聞いて起きようとした女は、しかし看護師に再び寝台に押し倒された。



脱稿 2004.11.06