男はその太い腕を組む。
「再三繰り返して表明してきたように、我々はこの騒動の収拾を望んでいる。口さがない者たちが『内乱だ』と流言を飛ばしているのは、皆、周知のこと。不幸な誤解で多くの議員の方々が首都を離れられているが、良識にのっとり行動して頂きたい」
男の部下であり、若手議員でもある青年が、年長の議員らに話しかける。
(俺を止めたければ、対案を出せば良い。潰したければ、他の解決策を成功させれば良い)
天幕の隅で、男は警護兵たちを観察する。天幕の入り口に立つ女性は女の部下で、警備の取り仕切り役である。無表情に議論を聞きながら、時折男やその部下らに視線を送っている。
(それすらもせず、ただ時が全てを解決するのを待った。何一つ、せずにだ)
見つめる男に気が付いたのか、女性は視線を止める。
腕を組んで薄く笑う男への敵意が――極僅かに――よぎる。
(上官が意識不明なわけだが、軍団の統制が取れていたな。相変わらず、良く躾ている)
男は”悪かった”とばかりに片手をあげる。虚をつかれたのか、女性は慌てて顔をそむける。
「我々が望むのは国家の繁栄であり、互いに同じ目的のはず。理を解さない蛮族でもあるまいし、この混乱をいつまでも続ける理由はない」
男は青年を下がらせ、議員らと向かい合う。
(何もせずにいた結果として、今、ここにいるという事を、分かっているのか)
「国政を預かる諸兄らには至急首都に戻り、この事態を解決するべく、ぜひ協力をしてもらいたい」
男の言葉に、議員のある者は下を向き、ある者は男を睨む。
ある者は恐怖と懇願を、ある者は屈辱と憤怒を浮かべる。
(力がなければ、つければ良かった。
あいつを手駒にしなかったからこそ、あいつはあなた方に失望したというのに)
男はゆっくりと腕を組んだ。
脱稿 2004.09.25
改稿 2005.01.11