女の部下は忠誠を誓う。
対象は彼の上官にあたる階級で、今はこの男が兼務する職に。
正式な儀式の前に男は女の部下ら全員を執務室に呼び出し、一人ずつ反応を観察する。
そのしぐさを、表情を、声音を。
形ばかりの誓いの途中、女の部下の一人である彼に男は問う。かねてから繰り返している質問を。
「ひとつ、聞く。お前は今まで何に忠誠を誓ってきたのか」
副官を務めていた彼はまだ年若く、それ故にか女を崇拝していた。
瞳に侮りを浮かべ、彼は答える。
「ご冗談を。そんなこともお分かりにならないのですか?」
男の部下が僅かにみじろぎをするが、男は構わずに確かめる。
「あいつにか」
「当然です」
男はため息をつく。
「あの女は、憐れだな」
「侮辱されるおつもりか」
「いいや。憐れむだけだ」
男は彼を見据える。
「あの女の望みを知っていたか? この国で『共和政』が残ることだ。あいつの忠誠はその政体とそれを有する国家にこそあり、個人にはなかった。だからこそ俺と対立したわけだが」
彼は顔をこわばらせる。
「あの女は、憐れだ。部下であるお前たちの忠誠はこの国ではなく、あの女にしかなかった。……これまでの戦いは、私闘でしかなかったのだな。お前たちの中では」
「……! いいえ、いいえっ違う! 私はっ」
「これを聞くのは、お前で最後だ」
違う、と叫ぶ彼の動揺を、表情に出さず、だが心中で男は笑う。
「お前には最も簡単に尋ねた。気づきやすいよう『誰に』ではなく、『何に』対してと」
彼は両手を執務机に叩きつけ、男に詰め寄る。
「違います! いえ、確かにあの方に私は忠誠を誓っておりましたがそれは決してあなたの言うような――」
片手をあげ、彼の言葉を止める。
「誰一人、あの女に忠誠を捧げぬ者はいなかった」
誰一人、と続ける。
「そして誰一人、気づく者はいなかった」
見事なものだ、と男は賞賛する。
「あの女に忠誠を誓うならば、あの女だけに誓ってはならなかった。
「あの女の部下であると自負するならば、お前たちはそれに気づかなければならなかった。
……お前たちは、俺が今日こうして尋ねるまで、分からなかったのだな」
彼は呆けた顔で、ヒク、と喉を動かす。
「あの女は、だから憐れだ。お前たちの忠誠が不動のものであったからこそ、あの女は俺と戦わなかった。あいつが嫌う、私闘でしかなかったからだ」
男は、少し、けれど確かに口元をほころばせはっきりと、笑う。
「お前たちが部下だったために、あの女は一生を無駄にされたのだ」
共和政下で築いた経歴と、これ以降の将来を。
男は彼に、優しい声と穏やかな表情で頼む。
「さあ、宣誓の続きをしてくれ」
対象も分からずに。
彼は忠誠を誓った。
脱稿 2004.11.22