女は老医師を騙す。
「子供ですか? おりませんが」
「……妊娠線があると、聞いておる」
女は腹部に手を当て、うつむく。
「……死産でした。体質か何か、原因は分かりませんが……産声もあげずに死にました
」
老医師は女の横顔を観察する。
「赴任先で、共に住んでいる子供がおるの。おぬしの知り合いの、養子となっているようじゃが」
女は老医師を見る。
「よくお調べになりましたね。……ええ、私の子ではありません。あちらに住み始めた頃、母親が死んだ赤ん坊です。他に人がいなかったので乳を与えてみれば、わが子でなくとも情が湧くのですね。大奥様が憐れんで下さいまして、引き取っても良いと。
ご好意に甘えて、家族のように過ごさせて頂きました」
老医師は最大の疑惑を問う。
「父親はどうした?」
女は笑う。
「ここまで調べられたのでは、ご存知ではないのですか?」
老医師は首を振る。
「おぬしの口から聞きたい」
女は老医師を見上げる。
「既に亡くなられていますよ。砂漠の、私の昔の主筋にあたる部族の方です。本来ならば下位である私に、目をかけて頂きました」
老医師はしかめた顔で確認する。
「……あ奴に、そう伝えてよいのじゃな」
「ええ」
女は平然と騙した。
脱稿 2005.02.13
改稿 2005.05.05