或ル国ノ話

23.beguile society



女は老医師を騙す。

「子供ですか? おりませんが」

「……妊娠線があると、聞いておる」

女は腹部に手を当て、うつむく。

「……死産でした。体質か何か、原因は分かりませんが……産声もあげずに死にました 」

老医師は女の横顔を観察する。

「赴任先で、共に住んでいる子供がおるの。おぬしの知り合いの、養子となっているようじゃが」

女は老医師を見る。

「よくお調べになりましたね。……ええ、私の子ではありません。あちらに住み始めた頃、母親が死んだ赤ん坊です。他に人がいなかったので乳を与えてみれば、わが子でなくとも情が湧くのですね。大奥様が憐れんで下さいまして、引き取っても良いと。
ご好意に甘えて、家族のように過ごさせて頂きました」

老医師は最大の疑惑を問う。

「父親はどうした?」

女は笑う。

「ここまで調べられたのでは、ご存知ではないのですか?」

老医師は首を振る。

「おぬしの口から聞きたい」

女は老医師を見上げる。

「既に亡くなられていますよ。砂漠の、私の昔の主筋にあたる部族の方です。本来ならば下位である私に、目をかけて頂きました」

老医師はしかめた顔で確認する。





「……あ奴に、そう伝えてよいのじゃな」





「ええ」

女は平然と騙した。



脱稿 2005.02.13
改稿 2005.05.05