女はその息の音を殺す。
追い詰められた"感染源"は潅木の茂みに潜り、女の死角をついて喉笛を狙い跳躍する。
対して女は"抗奇力"を付与された銀剣を翻し、切りつける。
"感染源"を中空で尋常ならぬ角度に方向を変えて刃を裂ける。
"感染源"は母体と同じ活動源の獲得方法をする生物を、第一に狙う傾向がある。今回の母体は小動物であり、活動源の獲得方法の一つは呼吸――女の呼気に含まれる二酸化炭素を辿って攻撃している。
であるために、女は呼吸を極力小さくする。
再び、"感染源"が眼前に迫る。
咄嗟に右腕をかざす。
「つぅっ」
避けきれず、"感染源"の牙が女の防具を食いちぎり、裂傷を作る。
腕を振るい膨張した"感染源"を地面に叩きつけ追い討ちを試みるが、"感染源"はその勢いのまま鞠のように跳ねて木陰に消える。
早朝の風にそよぐ木々は不規則にざわめいて木漏れ日を乱し、"感染源"の移動速度を物語る。
女は右腕の傷口を見やり、"歪み"の感染がごく少量であるのを確認する。
(まだ、大丈夫ですね)
"感染源"がその"歪み"の限界を超えれば、その体躯は四散する。四散する前に確保して固定化処置を行わなければ"感染源"としての価値は下がり、今回の発現で被害を受けた周辺地域への援助額は減り、復興は遅れるだろう。
そして、間近にいる女は大量の"歪み"に感染し、肉体を汚泥の如く崩壊させ、死ぬだろう。
(限界を超える前に、仕留めなければ)
女は右腕を前方に伸ばし、左手に銀剣を握る。
"感染源"はその肉体の崩壊を遅らせる為に、体積を増やそうとする。それゆえ、母体の食性に合わせて食料を摂取する。
今回の"感染源"は雑食性であった。
すでに300人を超える人々を喰ってその活動源となし、その異常な運動能力に変換している。
(今、この時期に発現するとは) (……天意でしょうか)
女は、長く、息を吐く。
奇声と共に、"感染源"が一直線に女に向かう。
女は"感染源"の口腔に右の拳を突き入れて地に叩きつけ、左手の銀剣をその腹に串刺しにし、右手を引き抜いてその両眼を潰す。
そうして、女は、"感染源"を殺した。
脱稿 2005.05.03