或ル国ノ話

10.hunt down the root of all tragedies



女は"感染源"を追い詰める。

この地方に生息する小動物であった。
雑食・夜行性で人に慣れ、飼われていた一頭であった。


かつては。


鞠のごとく膨張したその小さな体駆は尋常な動きをせず、四つ足すべてと足場の枝のしなりを使って軽々と跳躍し、樹冠や大地を飛びまわる。


「呪術班の発火準備、整いました」

「わかりました」

岩場での上で女はうなずき、部下に指示を出す。

「信号弾、赤」

赤い閃光が夜空に尾を引く。

応答のように、女の立つ岩場の左手から正面、西から北にかけて爆発音と共に長く水蒸気が立ち昇る。


"感染源"は進行方向を東に変える。


「信号弾、黄」

東から南西にかけて、大量の白い靄が木々の隙間をぬって舞い上がる。

「私が入った後に、緑を打ち上げなさい」

女は部下の返事を確認し、岩場から水蒸気に向かって走り降りる。

「お気をつけて!」

「ご武運を!」

部下たちの声を背に受け、女は森の奥へ走る。

緑の信号弾は夜気を引き裂き、女の背後、南から北西にかけて水蒸気の壁が立ちあがる。"聖水"を大量に散布・蒸発させて女の隊が作った水蒸気の壁により、女は"聖水"の陣に閉じ込められたことになる。



"感染源"と共に。



女は足を止める。

前方、少し距離を置いて"感染源"が蠢く。
全身の体毛を文字通り『逆立て』て女を威嚇する。

"歪み"が"奇力"・肉体間の偏りで発生する以上、"聖水"つまり"奇力"を付与して細胞分裂を促す水は、"歪み"の増殖をも加速させる。
大量の"聖水"を浴びれば、"感染源"は容易に"歪み"の臨海量を超え四散する。
周囲に人気のないこの森の中ではその肉片も木々に引っかかり、"感染域"も狭くてすむ。

直感で気づいているのか、"感染源"は体をしきりに地面になすりつけ、水滴を落とす。


岩場を頂点とする三角形の中より、近隣3つの集落を壊滅させた"感染源"は出られない。


女は"感染源"を追い詰めた。



脱稿 2005.03.25