或ル国ノ話

17.contacts from incarnations



前世からの付き合いらしいぞ、と男は女に言う。

「何がですか?」

「俺とお前が、だそうだ」

突然に執務室に入室し唐突に発言する男に、女は書類から目もあげずに聞き返す。
先日この占術都市に赴任してきた女の執務室は、荷解きされた書類の束が山をなし、机や床を埋めている。

男は勝手に来客用の椅子に腰掛ける。

「いやなに、先ほど近くの裏通りをうろついていたのだが、そこには怪しげな小道 が更に伸びていた。これは怪しいと思い踏み込んでみれば、これもまた怪しげな外套と頭巾をかぶった怪しげな老婆が!! 怪しげな新興宗教であれば見逃すわけにもイカン、と話しかけて見れば、その袖の中から『占い屋』の折りたたみ式看板が!」

「それで占われたと」
「しかも新規開店期間らしく無料タダだ。近所の抽選のクジももらってしまった」

「占いの道具はここの特産品の砂模様と振り子ですか」

「水晶玉もあったな」

女の従卒の少年が、男に茶を出し、上官の水差を取り替える。

「ああ、すまんな。…………む、腕をあげたな」

「ありがとうございます」
(よっしゃあああぁぁぁ! 「まずい」と言われてから苦節一ヶ月。勉強した甲斐があった! 閣下、練習台になって頂きありがとうございます!)
澄ました顔で一礼し、下がりかけた少年に、女が書付を渡す。

「隣の部屋からこれを持ってきて下さい。書架の前に置いてある箱に入っています」

「はい、承知致しました」

女は書類を机に置き、男の向かいに座る。

「他には何を言われましたか?」

「おお、乗り気だな。ん、やはり人生こういう雑談も必要だと俺は思うぞ。
 だいたいお前、ここの部下にどう呼ばれているか知っているか?
 赴任三日にして綽名がつくとは慕われているではないか、と思ったらその中身が『無口・無表情・無反応の三冠王』に『鉄面皮』、とどめは『不感症』だぞ?
 さすがに『不感症』は訂正し」

「他には何を言われましたか?」

「……む、そうだな。俺とお前には前世からの深いインネンというものがあって、今生の人生も影響しあうらしい。しかもこの街に俺とお前の赴任期間が重なったことで星回りが変わり、この地方に流れるチミャクの影響が」

少年が隣室から戻ってくる。

「そこまでで結構です。ありがとうございました」

女が止めると、ここからがおもしろくなるのだが、と男はさも残念そうに言う。

女は受け取った古書の栞が挟んである頁を開き、挿絵を示す。

「その占い師はこのような人物でしたか?」

「ああそうだなこの干乾びた皺の具合が――」

本を覗き込んでいた男は顔を上げ、声音を変える。

「……本物か? ならば百年以上同じ姿をしていることになるな」

「わかりません。この本自体、昨日届けられました私の荷物に混じっていました。
 この栞も最初からこの頁にありました」

「見せてくれ」

男は栞を手に取り、懐から紙片を取り出す。

女は古書を閉じ、ひとくち水を飲む。

「私とあなたの任期が重なったのは偶然ですが、相手は偶然にするつもりはないようです」

男は手中の栞と紙片を見比べて憮然とする。

「やられた。籤と栞の裏面を並べると、次回の無料観相券になっている。
 しかも日時まで指定済みだ」

十日後にまた来いだと、と男は憮然としふくれる。
女は執務机の抽斗ひきだしから書類を取り出し、なにやら書き込む。

「猶予を与える、ということでしょう。
 私といいあなたといい、行動はかなり調べられていますね」

「都にいる時からか?」

「おそらく。これをどうぞ」

何だ、と渡された書類に目を通し、男はゆっくりと女に顔を向ける。

「いや待て俺も決して暇な身ではなく今日お前のところにきたのも連日の激務を合い間を」

「担当区域ではないこのあたりの通りまで『巡回』される余裕があるようなので、無理な要請とは思いません。私はこの本と関連書を調査します」

「信徒を回る『実地調査』も軒数があって噂話を集めるにもご老体の茶飲み話がまた長くて」

女は捲し立てる男を、じぃっと見据える。
見据えて、男の呼吸の合間にひとこと、尋ねる。





「あなたにはできませんか?」



男が硬直する。



暫くして男はがっくりと項垂れ、お前とはやはり前世からの付き合いのような気がする、と呻いた。



脱稿 2005.02.21
改稿 2009.09.21