或ル国ノ話

002.the bell of the first



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鐘楼は鳴る。
いつもと変わらぬこの朝を、いつもと変わらず迎えるために。



女はゆっくりと寝台から体を起こす。
開門を告げる鐘の音とともに目覚めるのは、都へ引き取れられて以来、身に付いている習慣であった。

「良い朝ですね」

独り言が多くなるのは独り暮らしにつきものか、女は呟いて窓を開ける。
朝の冷気が、簡素な部屋の中に満ちる。
すでに太陽は空にあり、朝の早い人々――小間使いの小僧や商人や旅人、また彼らを目当てとした屋台など――が大通りを埋めているようで、2階の女の住居にも喧騒が伝わってくる。
女は窓を開け、石造りの出窓に腰掛ける。
早朝の曙光を照り返し、生き物の活気に溢れる風景。

「ああ、良い朝」

都に特有の乾燥した風に、潮の香が混じる。
空を、海鳥が舞う。



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鐘楼は、鳴る。

いつもと変わらぬこの朝を、この地に生きる者と物が、変わらず迎えるために。



脱稿 2006.10.15