或ル国ノ話

05.They are opposite side of the same world from begining.



男は女と背中合わせになる。周囲には、勝利に雄叫びをあげる兵士たち。

「大丈夫ですか?」

男は、泥まみれのまま泥の様に重い体で、泥の如く深い眠りへ意識を沈ませようとしていた。
背をもたせかけた相手が偶然にも数少ない同じ隊の女性兵の一人であると、顔ではなく胸の紋章を見てはじめて気が付いた。

「……すまない。重かっただろう」

「いえ、それよりも、傷の手当てをしなければ」

手甲から伸びた女の指が示し、そこで男は自身の二の腕に残った傷口に気づく。

「歯型、ですか」

「……そのようだ。軍医に見せなければ」

「医療班の天幕では、今頃は酒瓶が飛んでいますよ」

「詳しいな」

「先程のぞきましたから」

女は男の傷口を気付け用の酒で清め、近くの簡易炉の炎で所持していた短剣を熱し、男の傷口を焼く。

「……っ」

痛みに、男は呻く。

かまわずに、女は男の傷口を焼く行為を繰り返す。

「……ずいぶん、荒っぽい」

「これぐらいの傷ならば、医療班でも同じ治療ですよ」

しばらくして、男が呟いた。

「気が付かなかった」

「……?」

女の表情を見て、男は付け加える。

「痛みを感じなかった」

「そうですか」

「……たぶん、俺が殺した奴だろう」

女は軟膏を取り出し、傷口に塗る。

「初陣ですか?」





「…………殺したのは、初めてだ」





かすれた男の声。

「小競り合いなら、幾度かあったんだが。……生きてないだろうな。何人、どうやって殺したのか。……あぁ、何を言っているんだ」

額を押さえる男に、包帯を巻き終えた女は薬を差し出す。

「鎮痛剤です。第一大隊所属は皆、夜襲に備えて寝ていなかった。疲れが出ているのでしょう」

「……すまない」

男が薬を飲み込むのを確認して、女は再び男の反対側に座る。

「集合の点呼がかかったら、起こしますから」

「……感謝する」

男は女と背中を合わせる。

(名を、聞いていなかった)

おぼろげに思って、男は意識を閉ざした。



脱稿 2005.09.07
改稿 2009.09.21