或ル国ノ話

14.touch them over their barrier



扉のガラス越しに、彼女は男に触れる。

男は背を向けて座っており、彼女には女の顔のほうがよく見える。

最初の面会日こそ女は顔をそむけていたが、今では無表情に男を見ている。

男の行動は、彼女にとっても不可解である。
この国の政務は男に集約している。
急を要する決裁は日々集まっており、決して暇な身ではない。
しかし必ずどこかで予定を空けて、女の面会を行う。
少なければ月に一回数時間、多ければ十日に一回数十分。
事務的な用件以外、男は常に独りで病室に入る。

「危険ですから、私も入れて下さい」

と入室の許可を求めても、

「相手は怪我人だ」

と笑って取り合わない。

確かに彼女も看護士から女の容態を聞き込んでいる。

(だからって何年も前から戦争しようって準備していた根性の悪い女よ? 体に何を仕込んでいるのだか、分かったものじゃないわ)

女の体に金属も接触性呪術もないことは、警護役である彼女自身が既に確認済みだ。それがかえって苛立たしい。

扉越しに彼女は耳をそばだてる。
しかし何も聞こえない。もともと防音処理されている部屋なのだ。
同僚の誰に聞いても、男と女の会話の内容は知らないと言う。男に尋ねても、ただの様子見だと言う 。ならば多忙な男がわざわざ行く必要はない、と思うが彼女にはそれが言えない。女を気にしていると思われたくないし、考えたくもない。

ガラス越しの男は一度としてこちらを振り向くことはない。背中を預けられているのだろうし、存在が意識されていないのかもしれない。

思案に暮れるうちに、男が動く。左手を女の首筋にあてる。

何かを告げるのだろう男の唇を彼女はとっさに盗み見ようとするのだが、やはり背中しか見えない。

焦る彼女の視界の中、頬が痩け精彩を欠いた女が――その目を綺羅めかせて――笑む。


美しくないはずの女に彼女は一瞬見蕩れ、直後、罵る。





己を。        女を。






ガラス越しに、彼女は震える手で女に触れた。





脱稿.2004.12.13
改稿.2004.12.19