或ル国ノ話

04.undergo wounds each other



「傷の舐め合いだ!」

彼は叫ぶ。

「なぜ貴様はここに来たんだ? ええ? そうだろう? 笑われに来たのだろう?」

けたたましく笑い、壁を叩く。

「そうだろう、いてもたってもいられまい。知っているぞ。奴があの人の所へ通っているとな。
何たることだ! あの下衆め!!」

「ちょっと、ねぇ」

「喧しい、黙れ、しゃべるな、言うな」

名家の若者は広い部屋の中、調度品を壊し歩き回る。

会話を諦め、執事に促されて彼女は部屋を出る。
叩かれるたび、振動で壁が小刻みに揺れる。

廊下を歩きながら、彼女は傍らの執事に尋ねる。

「呼び出しから帰ってきた日から、ずっとあのままなのかしら?」
「気を静められる日もございますが、最近はほぼ……」

ただ発狂したわけではない、と中年の執事は答える。

「でもねぇ、どう見たってあれは頭が少々」
「狂われたわけではありません。そこまで弱い方ではないのです」
「……ならばあの振る舞いは何だというの?」

客間に通され、椅子に腰を据える。出された茶菓子を摘まむ。

「落ち着かれる日は、朝にあの方の記事を読まれる日です」

うそ、と彼女は執事を見上げる。
眉間に皺を刻み、執事は首を振る。

「本当のことです。ここ十数日は全く記事がございませんので、ああして苛立っておいでなのです」

「……苛立つって、そんな、子供でもないでしょうに」

「お気持ちが、収まらないのです。毎日の記事を読み、噂を聞き、話題となる。あなた様の主のことを考えれば考えるほど、若様の苦しみはますばかりです。いっそ考えなければ良いものを……」

執事は彼女を見る。




「あの方を案ずれば、自然あなた様の主をも思い出す、と若様は訴えられるのです」




彼女は、不覚にも自分の表情が強張ったことに気づく。


傷の舐め合いだ、と遠くで叫ぶ声が聞こえた。



脱稿 2004.12.18