「傷の舐め合いだ!」
彼は叫ぶ。
「なぜ貴様はここに来たんだ? ええ? そうだろう? 笑われに来たのだろう?」
けたたましく笑い、壁を叩く。
「そうだろう、いてもたってもいられまい。知っているぞ。奴があの人の所へ通っているとな。
何たることだ! あの下衆め!!」
「ちょっと、ねぇ」
「喧しい、黙れ、しゃべるな、言うな」
名家の若者は広い部屋の中、調度品を壊し歩き回る。
会話を諦め、執事に促されて彼女は部屋を出る。
叩かれるたび、振動で壁が小刻みに揺れる。
廊下を歩きながら、彼女は傍らの執事に尋ねる。
「呼び出しから帰ってきた日から、ずっとあのままなのかしら?」
「気を静められる日もございますが、最近はほぼ……」
ただ発狂したわけではない、と中年の執事は答える。
「でもねぇ、どう見たってあれは頭が少々」
「狂われたわけではありません。そこまで弱い方ではないのです」
「……ならばあの振る舞いは何だというの?」
客間に通され、椅子に腰を据える。出された茶菓子を摘まむ。
「落ち着かれる日は、朝にあの方の記事を読まれる日です」
うそ、と彼女は執事を見上げる。
眉間に皺を刻み、執事は首を振る。
「本当のことです。ここ十数日は全く記事がございませんので、ああして苛立っておいでなのです」
「……苛立つって、そんな、子供でもないでしょうに」
「お気持ちが、収まらないのです。毎日の記事を読み、噂を聞き、話題となる。あなた様の主のことを考えれば考えるほど、若様の苦しみはますばかりです。いっそ考えなければ良いものを……」
執事は彼女を見る。
「あの方を案ずれば、自然あなた様の主をも思い出す、と若様は訴えられるのです」
彼女は、不覚にも自分の表情が強張ったことに気づく。
傷の舐め合いだ、と遠くで叫ぶ声が聞こえた。
脱稿 2004.12.18