或ル国ノ話

13.reach for him



目覚め見つけ、女は男に手を伸ばす。

「何をしている」

女はゆっくりと右腕に目を落とす。見当たらない。

指を握る。感触がない。

肘を曲げる。動かない。

腕を持ち上げる。右の、二の腕から先がない。

切断面は呪符入りの包帯で厚く巻かれ、見ることができない。肩に力を入れると、肩口からはえた肉の棒が僅かに上下する。

「……あ…………手、は?」

女の内心が口をつく。

「"歪み"の侵食が止まらなかった。お前の右腕を切断した」

寝台の傍らに男は立っている。反対側では医師が女の体温、脈拍の測定を始めている。

「峠は越した」

女は男を見上げる。

「意識を失っていたのは10日間だ。……全て、片付いた」

男は女の髪をいじり、額を撫でる。

「結局、あの馬鹿は"歪み"で発狂して死んだ。お前を刺した後、牢に放り込ませたが舌を噛み切られた」

鼻を小さく鳴らし、男が笑う。

「あとで人を寄越す。体を拭くといい。臭うぞ」

男は女の切断面に触れる。女は不思議そうに男の手を見て瞬きをする。

「麻酔がまだ効いているから、痛くはないだろうが……切れれば地獄だそうだ」

医師が血圧測定用の帯を外す。

「今のうちに眠っておけ」

男の手で視界を覆われて女は体を起こしかけるが、しかしすぐに咳き込む。

「眠れ。……命令だ」

女は微かに声を洩らすが、男は背を向け、医師は医療器具を片付けて部屋から出ていく。視線の先で陽光の残像が踊り、天幕の綿布が揺れる。

「持ち直したようですな」

「ああ」

軍靴の音と会話が外からの喧騒に紛れて消える。





閉じられた出口に、女はもう無い手を伸ばした。



脱稿 2004.10.16