或ル国ノ話

02.kiss his family



男は妻に口付けを落とす。

政略結婚ではあったが、妻への愛情はある。自分のために服を縫い、来客を歓待し、台所の采配をとる姿は健気に感じるし、息子を見れば可愛らしいと素直に思う。

「お帰りなさい。今日はお早いのですね」

夕食を共にできることが嬉しいのだろう、子を抱えて出迎える妻の表情は明るい。剣帯を従僕に渡し、男は息子を受け取る。

「今日の議会は思いのほかうまく進んだ。余計な議論に時間を使わなかっただけに、政務が片付いたからな。……あぁ、髪を引くな。痛いぞ」

男は息子をあやす。徐々に意味の通る言葉を喋りだした今が可愛い盛りで、そろそろ剣や乗馬の鍛錬を始めねば、否、まず防具を作らねばと男も先走る。

「気の早いお父様ですこと」
「全くだ」


入浴して汗を洗い流し、久方振りに父、妻、息子と食事をとる。

しばらく見ないうちに息子は小さな手で食器を握り、危なげながらにさじを口に運ぶ。
普段の厳めしさはどこにいったのか、喜色満面に孫を眺める父親に、男は笑いをこらえきれない。気配を察し、父親は振り向き睨みつけてくる。

「失敬。しかし人には見せられまいよ、親父」
「……黙っておれ」
「承知した」


食後に書斎で調べ物をしていれば、息子を抱いた父親が来る。

「邪魔か?」
「いや。どうしたんだ」
「家に居る時くらい一緒にいないと、父親だということが忘れられてしまうそうだ。あの娘、嘆いていたぞ。少しは構え」
「それもそうだ」

父親は透かし彫りのされた優美な椅子に腰かける。男の腕の中で無邪気に笑う孫をしばらく見つめ、問う。




「…………あの女を、どうするつもりだ」




男は呆れ、そして頬をつねる息子の指を外す。

「親父もか。皆今になって気にかけてくる。昔はたいして話題にもしていなかったはずだが」

「……どうするつもりだ」

「どうもしない。あの体では復職できんだろうし、いまさら殺すつもりもない」

飼い殺しになるな、と男は息子に口付けを落とした。



脱稿 2004.10.23