老婦人がそれに気づいたのは、女が棚の上の物を取ろうとしてつま先で伸びあがった時だった。
「あら、やはり妊婦ね」
目当ての巻物を取った女は、しばし目を瞬かせる。
「そう、ですか?」
一族が砂漠を流浪し続けた果てに獲得した形質か、女の外見は妊娠前とさほど変わらずに見える。余裕のある縫製の貫頭衣でもまとえば、子を孕んでいるとはまず気がつかれない。
「どこか、変わりましたか?」
「ええ」
老婦人は支店からの報告書を置き、疲労のためか、目頭を揉む。
「少しふくらんでいるようですよ」
腹か。
そう思って女は腹部に触れるが、ここ数日で大きく変化した感覚はない。
「以前よりは出てきたかもしれませんが」
再度老婦人へ向き直ってみれば、その視線は女の腹部ではなく、その上方の突起――
「――――――!!」
「あら、失礼」
女は赤面して(張った)胸を両手で抑え、老婦人は品良く笑む。
「胸当てはすべきですよ。形が崩れる、崩れないに関わらず」
女は一礼し、戦術的転進を実行して部屋より退出した。
脱稿 2007.06.19