或ル国ノ話

03.entangle fingers



男は女の紋章に指を絡ませる。
師団長を示すそれは"歪み"により腐食し、その半分がほつれている。

研究室の卓上には、女の所持品が並べられている。
"歪み"の掃討戦中に女が着用していた武具や小物だが、程度の差はあれどれも"歪み"の損傷を受けている。

研究員の青年が鞘から女の銀剣を抜く。
先端はすでに崩れ、中ほどには"感染源"の残骸が吸着し、貫通している部分もある。
原形を留めているのは、柄と刀身の根元付近のみである。

「おそらく、これで"感染源"を殺したのでしょう。直後の侵食途中で固定化処置を行ったようで、剣と"感染源"の肉片が融合しています。
この剣自体が"感染源"と"感染物"、そのどちらでもある例です」

「"感染源"としての、"製品"製造の期間は?」

「近くに置けば約10日で"変質"させ"製品"を作ります。今回の"感染源"はもとが小動物だったそうですから、この残骸の量でこの製造期間ならば早いですね。加えて」

青年は報告書をめくる。

「剣のためか、突いたり切ったりした対象に、"歪み"そのものを感染させます」

「"感染力"が残っているのか」

「"歪み"の固定化処置がされていますから、"産物"としての性質でしょう。"歪み"も剣の半分の濃度までで増殖を止めています。増殖の速度、回数はどちらも低く、"産物"でもあるこの剣よりも質量があれば"崩壊"はしません」

青年は銀剣を鞘に戻し、卓の向かいに立つ男に渡す。

「鞘に封印紋を施しておきました。鞘にしまっておくことで、"感染力"を遮断し"虚体"化作用そのものの管理に成功しました。この状態ならば完全に無害です」

男は女の銀剣の柄を眺める。

「あいつの右腕はどうだ? 再建費用のために、被害を受けた各自治体が"感染源"かそれに代わるものを要求している」

「難しいですね……。そもそも右腕の切除は予想外だったはずです」

「そうだろうな。あの馬鹿が"歪み"に感染してあの場で発狂するとは、俺も知らなかったし思いもしなかった」

青年は報告書をめくる。

「"感染源"にとどめをさした時に受けた"歪み"は、人体の許容範囲内です。
  ですが……問題は議員に刺されたほうですね。1度目の"感染"で"歪み"への耐性ができていたでしょうから、2度目の"感染"ではその耐性が急激に反応したものと思われます。
  確か、膨張して破裂したそうですが」

「肉がはぜていたな」

青年は顔を若干しかめる。

「生々しい……。ともかく、破裂したのは耐性反応による痙攣が限界を越えたためでしょう。その時点で、右腕の"歪み"はほとんど排出されたようです。
  切除は残りの"歪み"の増殖と、"歪み"によって発生した毒素が体内に入るのを防ぐためで、結局は1度目よりも現時点でのほうが"歪み"の濃度が低く……性質は精査中ですが、特別に価値ある"産物"、とまでは、あの腕はなりませんね。むしろ彼女の体自体の濃度のほうが高いくらいです」

青年は報告書を置く。

「我々としては、この剣を総力を挙げて分析したいのですよ。
  "感染力"を持った"産物"の試料はただでさえ少なく、学院にもない。ほかに渡したくありません」

「政府としても"歪み"の増殖は直接の管理下に置きたい」

男は小脇に挟んでいた書類を、青年に放り投げる。

「危ないですねぇ……。見積書?」
「復興計画の見積もりだ。学院側で資金をどれくらい融通できるかはかってこい。
  自治体の最低条件は、むこう5年の全額負担だ」

「やってみましょう」

青年が書類に目を通す間、男は女の剣の柄を撫でる。





「まだ使っていたのか」





「何です?」

「いいや」

男は首を振り剣を見詰め、その柄にゆっくりと指を絡ませた。




脱稿 2004.01.02
改稿 2005.01.11
改稿 2005.01.27