或ル国ノ話

018.people who are undepend on the countries
    -the first part-

 義母の兄にあたる叔父の別荘は、内海を見下ろす台地にある。海岸を見下ろせば砂浜や港も見え、大小さまざまな船が行き交っている。
 今日も天気がいい。
 青い海に、赤や白の船の帆が映える。
 潮風に海を感じるぞ。
「着いたな」
「…………若様があっちこっちにふらふらしなけりゃ、もっと早く着いたんですが」
「……『都からここまでは、苦難の道のりだった』」
「この旅の日記って奥様の宿題ですよね嘘ついてどうするんですか旅の苦労の半分は若様が途中で観光名所に道草したからでしょうが普通だったら乗合馬車一本で行けるのになんで遠回りして船まで乗ったんですかもう路銀もぎりぎりだったんすよっ!」
「む、お前の金銭感覚と、機転の効いた値切り交渉で助かった。感謝する」
「………………っ、ぜ、ぜんぜん答えになってないしそんな褒めたってごまかさ――」
「腹が減った。行くぞ」
「――人の話聞けよ若様!」
 構うと尻尾が面白い幼なじみ(奴隷)を連れ、都を出発したのが二十日前。
 叔父の別荘は十日で着くような距離なので、確かに時間をかけすぎたか。
 だがな、成人目前の一人の男として、初めての旅に怖じ気付くわけにはいかん。
 しかも旅費は義母の蓄えから出た、我が家の貴重な現金だ。有効に使わんでどうする。
「と、いうわけで日記には、『男としてさまざまな経験を積むために、友をたった一人連れ、山を越え、乗合馬車を降り、船に乗り川を下り、山賊や海賊を避けて到着したのだっ』」と書いてくれ」
「ほとんど観光名所巡りだったし、船酔いひどいから船乗りたくないっつっても俺の意見はガン無視で、もうほんと好きなように連れ回されたような気がすんですけどねぇ……」
 軽口をたたいて歩けば、別荘の敷地前、出迎えの家人が手を振っているのが見える。まだまだ坂道を登らなければだが、この分なら昼前には到着するだろう。叔父自慢の海を臨む風呂に入れると思えば、進む足も速くなる。



 都から地方都市への移動は、そう困難ではない。
 街道が中心を通るように都市が立地され、そこを乗合馬車が定期便として走っているからな。馬車は都市の中に入れないので、都や都市の入り口である検問所が乗合馬車の停車場となる。
 別荘は農場や工房を兼ねているため郊外にあるが、都から各地方都市までに比べればごく近い。
 地方都市は退役した兵士たちによって作られ、そのままそこで働き暮らし、第二の故郷ともなる。
 軍団基地を基礎にして拡張されるから、どこの都市もたいがい作りが似てくる。
 東西と南北に精密に交差した道路は都市の大通りとして舗装され、司令官の陣地は市政を司る委員たちの事務所へと代わる。
 事務所は公共広場に面している。都市の中心にある、屋根を持った列柱通路をぐるっと巡らせた長方形の広場のことだ。
 公共広場は、夏が涼しくていい。日陰なこともあるが、通路も、広場とは反対の道路側が、石積みの壁になっているからな。
 通路は両替商やら宝飾商が店を広げているので、活気があってえらく楽しい。
 よく巫女さんが被ってる布めくりをしたなー。
 公共広場に色々な神殿が隣接しているから、参拝しに来るのを狙ってキャアキャア言わせたもんだ。
 ……しまった、砕けた口調になりすぎた。口述筆記は難しい。
  ここは後で消しておけよ。



 到着したはいいが、なんと叔父の到着は更に三日後らしい。叔父は議会で、ある地方の長官に選出されたんだが、赴任先の件で少々揉めているようだ。
 主人がいないのに、屋敷に入り浸るのもよろしくない。
「と、いうわけで社会見学のために街に行くぞ」
「……あーー、はいはい。何言っても無駄なんですね。わかりましたよまったく」
「金は頼んだ」
「若様またなんか買う気なんすか!」
 城壁の検問を受けて市街に入る。こういう時、親戚が有力者だと楽だ。叔父はこの都市の議会の議長も務めていたから、叔父の印章が押された身分書類を出せばすぐに通過できる。
「どこに行きますか?」
「港だ。船が見たい」
 この都市は、前方に湾、後方に火山を控えている。水はけが良い土地が広がり、葡萄の産地だ。ここの葡萄酒は最高級で、国内・国外を問わず輸出されている。あれは旨いぞ―。海水で割ったのがまた、いい。今度飲みに行くか。
 商売繁盛、都市の税収も好調とみえ、城壁内の道は全て舗装済み。
 大通りも混んでるな。押し車や馬や輿、見るたびに形が変化する虚界の乗り物、それらに乗って行き交う者の種も都並みに多い。
 町中の建造物が石造りなのも都と同じだが、石材が違うのか壁の色が全体的に白っぽいな。
「おおおおー、でかいっすね、船!」
「なかなかだな」
 ……船着き場の整備具合は、都を越えるかもしれん。都は海から川を遡上するんだが、ここは海から直接に船を着岸できる。
 うーむ。
 一隻一隻が、でかい。
 しかも数が多い。
 船着き場は湾曲し、遠く火山付近にまで続いている。そして船着き場のほとんどに隙間なく帆船・人力船がとまり、荷の積み卸しをしている。
 数えてみると……二十隻以上か。しかも沖合いに停泊中の船もある。
「若様、あれ、なんすか?」
「……攻城兵器、にも見えるが。いや、ちがうな」
 でかい柱が数本組み合わさり、接岸した船の脇に置かれている。
 近くにいる者が、柱の根元にある円盤をぐるぐる回すと、柱の先端から鉤の付いた紐が降り、それが船の甲板の積み荷に引っ掛けられて――?
「……おおぉっ、積み荷を持ち上げた!?」
「あれ重いっすよね1人で円盤回してるだけなのにすげぇ!?」
 近くの暇そうな水夫に屋台を奢って訊いたところ、神殿建設に使った起重機をそのまま使っているらしい。神殿用の石材を運ぶ機械なだけに、積み荷などは余裕の重さか。
 なるほど、船着き場そのものが広くて立地に余裕があるから、ああいった大型機械も常設できるのか。都よりも利便性が高いぞ。
「どもども、ごちになりやんしたよ」
「感謝する。……ここの焼き貝も旨い」
「ひゃい、あちちちち」
「もう一個食い――」
「無理です」
 ……水夫たちに笑われた。
 しかし、ずいぶん訛った共通語だ。出身を訊いたら海流を3つほど越えた他国の島だった。
「にいやん、みやげにコレかわんか?」
「おおっ、何だかこの枯れ草で編んだ人型は? ちょっと不気味で面白そうだな」
「アレよ、おなごの毛でも一本入れて月夜の晩に水につけておくと、アソコがもうぬれぬ――」
「駄目ですから若様絶対それお土産になんか持ってったらお義母様にすげぇ冷たい目で見られて軽蔑されますから!」
 ……買うとは言っていないが、そこまで熱望されては買うしかあるまい。
「はっはっは、ばれなければ問題ないない」
「……いいいいい今まで何度ばれたと思ってるんですかあああああ」
「わかったわかった、だから首を締めるな。……あーーー、すまん。売買許可証がない者から買うと、違法行為になってしまうんだ。こちらも人に世話になっている身でな、申し訳ない」
 売買許可証は、都市に関税を納めた者に発行される。禁製品や密輸の防止が目的で、身分証明書がないと許可証の申請もできん。
 だがな、身分証明書など発行して運用している国はうちくらいだぞ?
 実質、この制度は他国の商人を閉め出しているような気が――
「許可証け? あいさ、あるよ」
「……なに?」
 ――していたんだが、水夫が広げた巻物には、この港の管理所と議長の名が大きく鮮明に記されていた。



 偽造かと思ったが、話を聞くと身分証明書の発行は、国だけではないことがわかった。というか、発行している珍しい国がうちで、他の地域ではたいてい地元の神殿が行っているそうだ。
 「うちら信徒さねー」と言って見せられたのは、腕の入れ墨だった。
 六本脚の獣で、故郷の神を象ったものだそうだ。毎年、一定額の金か物を奉納すれば身分証明書を更新し、しかもうちの国との売買許可証まで代行で交付してくれるという。
 ……神殿は、信徒の数と年間の収入額が把握でき、財政の安定も図れるわけか。
 気になって、この後、公共広場の神殿に寄ってみた。神殿の彫刻の素晴らしさを称えながら神殿の受け付けに尋ねたところ、神殿に関する以下の事柄が判明した。



 まだまだあるが、大きくはこういったところだ。
 もうちょっと気になったことがあったので、巫女服の優美さを褒め称えながら巫女さんとお茶話をしたところ、信徒の信仰心について愚痴貴重な意見を伺うことができた。
 多くの信徒は名簿に名があるだけで、儀式にはほとんど参加しない。
 信徒といっても、そこまで信心深いわけではないようだ。先ほどの水夫も「うちからいっちゃん、ちかかったんよー」で神殿に所属したとのこと。なんだその軽さは。
 ……しまった、ひとりで突っ込んでしまった。
 笑うなお前。
 とにかく、神殿というより、なんだ、商人の集会所といった様子だな、中が。
 種も身分も問わず、信徒であれば神殿を利用できるためか、神殿内の小部屋から大部屋、声が漏れない特殊な懺悔室まで連日満員だそうだ。懺悔の中身も現世利益ばかりでもうイヤッ、と巫女さんが泣きそうだった。なみだぼくろが可愛いかった。
 …………ここを強調して書いてどうする、お前。
 とにかく、国の代わりを神殿がしている……いや、成立としては神殿が先か。神殿のような組織があれば、国がなくとも問題ないのか。……同じ価値を共有できる組織、であれば国でも神殿でも、それ以外でも構わないのか。
 ふむ、なるほど。