或ル国ノ話

018.people who are rulers over the countries
    -the latter part-

 叔父が別荘に到着したのは、都市の見物から二日後だ。
 叔父の長年の友人も共に到着した、ということで挨拶に行ったのだが。
「しばらく会わぬうちに、大きくなったものだ。我が妹夫婦も健やかかな?」
「息災です、叔父上」
 その友人が、共生種とは知らなかった。
「ご血縁ですカ?」
「ああ、妹の義理の息子だ。今度の赴任に伴うことになってね」
「お初にお目にかかります」
「よろしク。……おや、むコうのゴ友人には、少々刺激ガ強いようだ」
「申し訳ない。……なにぶん、共生種の方々と間近で話すことには慣れていない」
「あなたも無理をせずに、晩餐まで休むとよいだろう。なに、我らにはよクあるコとだ」
「ありがとうこざいます。では、食事の席でまた」
 ……知っていれば、心の準備もできたんだが……情報収集が甘かった。



 共生種とは、複数の生物が互いに寄生しあう種を指す。特徴を挙げるとこうなる。

・共生しあう数は、最低2個体から最高数万体
・共生しあう種は、大半が異なる
・複数の意識を持つ

 重要なのは、『複数の意識を持つ』ということだ。
 たいていの種は、その体内に小さい別の生き物を飼っているが、それとは少し違う。
 魚を捌く時に寄生虫を見たことがあるか?
 あれは寄生されているだけで、宿主と寄生虫が意思を通じることはできない。
 共生種はそれができる。
 そこが大きな違いだな。
 ……問題は、どうしてもな、なんだ、あれだ、夜中に会ったら腰が抜ける外見なことだな。

(以下、別紙に姿絵が入る。酒樽のような胴体から、不揃いな足が4本と、鷲と鼠の頭が2つ生え、その体表は体毛・鱗・柔らかい肌色で斑に覆われている。)

 双頭の者もいるから、まあ、頭はいいんだ、2つくらいは。
 きついのは、この、複数の種の『混ざり』具合だ。
 想像してみるといい。

 ――個体の皮を剥ぎ、互いを互いの体に埋め込む。
 体のあちこちに元の部分が浮き出て、あるいは飛び出ている。
 指や尾が細かく痙攣し、不揃いの脚から覗く複眼が、じっとこちらを見つめている――

 夜道にあったら、まず逃げる。
 よって在住の共生種には、外見を覆う長衣や仮面の着用が義務づけられている。
 だがまぁ、挨拶する時は、それらを取るのが礼儀だ。
 ……しかも、真正面かつ間近だった。
 非常に苦しい。
 そもそも共生種は、『歪み』によって実体を混ぜ合わせられた被災者のうち、生き残った者をいう。
 学者のように定義にこだわれば、種ではなく、単なる個体だ。
 彼らの発生率は低い。
 都市一つから、一体出るか出ないかだと聞く。
 『歪んだ』時の生存率を考えれば、それも当然か。
 この叔父の友人も、200年ほど前に栄えた街が『歪み』で壊滅した際、共生種となったそうだ。千以上の個体が『混じった』、らしい。さすがに多すぎて、これでも、20個体ほどに減らしたと聞く。
 共生種は、『歪み』の発現の、わかりやすい一例だ。
 慣れないと頭が痛くなる。
 ……だからといって、お前怯えてどうする。
 おい、尻尾をどうにかしろ!
 膨らんでるぞ、というか振り回すな!



 晩餐は、前菜・主菜・甘味と進むのが普通だ。
 厳密な区別はないが、前菜は胃を動かすための軽い物、主菜は命の活力を生む物、甘味は人生を楽しむ果実や葡萄酒が出される。
 晩餐の正式な参加者は、主催者の叔父、友人の共生種をあわせて3人。給仕やお供は客に数えないので、寝椅子にゆったりと寝転がって食べることができた。
 叔父の別荘はまさに海の目の前、出てくる料理も海産系が多い。全部は書けないが、特に美味かったのを残しておくか。

 【前菜】
 ・海藻と水母の塩漬けに野菜を添えて魚醤で味付けしたもの
 ・壷貝の炙り
 ※調味料は、全て叔父の工場製。

 【主菜】
 ・じっくり焼いて塩を振った海の魚
 ※素材で勝負されて負けた。塩も良い。
 ・白身魚の小麦粉まぶし揚げ、濃厚胡椒風味
 ・烏賊の詰めもの〜貝のつみれに酸味だれをつけて〜
 ※烏賊は個人的に歯ごたえが好きだ。

 【甘味】
 干し葡萄と林檎の蜂蜜付け
 ※蜂蜜に感動。濃厚だが後味が軽い。

 ……お前も、後で散々食べたろうが。
 足りない? また機会があればな。
 まったくもって、食い物が美味い、というだけで人生は味わう価値がある。
 甘味が終われば葡萄酒が回り、酒が回れば舌も回る。
 晩餐の話題は、叔父の赴任地についてだった。
「議院では各地の情報を瞬時に知ることができる。……しかし、それは数字の、文面だけのものだ。そこに居なければわからぬことも多い」
「叔父上は、以前いらっしゃったことが?」
「ああ、若い頃だが。……そうだな、お前と同じく、連れていかれた先だ」
「まだお若カった」
 共生種の体が振るえた。……笑った、ようだ。
「この人と会ったのも、その時だ。同じだな、私もなかなか目を合わせられなかったよ」
 ……ばれていたか。
「あの地はずいぶんと荒い。地も神々も命も、荒く、過敏だ」
「そして話を聞カない」
「全くだ」
 干した杯に、奴隷が葡萄酒を注ぐ。かなりの美少年だった。
「力こそが、あの地の会話だ。強い者に従う。その性質を変えない限り、あの地は治めきれん」
「だカら、叩くと?」
「歯向かってくれれば、話が早い」
 ……若干、物騒な話だった気がするな。後でここは消しておくか。
 この辺りで話題が変わって、ここまで旅をした感想を聞かれたので、ここ何日かで考えたことなどを話した。
「社会に、国、としての形は必要でしょうか?
 都から離れこちらに来て、他国の商人たちを多く見ました。
 彼らは故郷の国ではなく、神殿に属し、利用し、保護されています。産まれた地に縛られず、自らの意志で商売に必要な神殿を選べば、彼らは十分な恩恵を得られます」
 誰かが話している間、口を挟まないのが晩餐の作法だ。
 どれだけ未熟な論理でも、途中で割り込めば礼儀知らずとされる。順番が回ってきた時に、反論なり賛成なりの意見を述べればいい。
 次は叔父の番だった。
「旅は若人を成長させる。この調子で存分に見聞を広めてくれ。
 さて、君の意見に対して、私は多くの部分で賛成しない。
 というのは、神殿は信徒以外を組織しないからだ。確かに神殿が持つ組織の力は素晴らしい。種も越えて、信仰を絆に広がる商人たちの活動は地を富ませている。
 しかし、地に生きる者すべてが商人ではあるまい。
 平野で土を耕す者や果樹を育てる者、海で網を張る者や塩を採る者、山で獣を穫る者や炭を作る者、その地を動かず暮らす者が多いだろう。
 彼らの神々はその地によって異なる。であれば彼らの生活を律する規則は異なり、一方では善とされることも、他方では悪とされる。これではいずれ、異なる信徒たちの交流を阻害するだろう。
 力を持つ我々の神々を、彼らに強制する?
 一つの解決案だが、それでは精神の寛容を失い、他者の言葉も意志も解さぬ存在になってしまう。
 ここで必要となるのは、国家が持つ秩序だ。
 信仰も種も身分も分けず、ただ法を解する思考と守る意志があるか。
 長い歴史の中で、我々がこの地で勢力を伸ばした最大の理由は、ただ意志のみを他者に要求したからではないか?
 多様な命の種の中で、互いの価値を尊び、犯さず、そしてその意志ある者の行動を妨げない。 法で行動を律し、法を犯す者を国家の力で罰する。
 これが、国家が持つ秩序の力ではないかな?
 神殿は、信徒以外を排除する。
 商工組合では、同じ職工以外を排除する。
 軍団では、同じ軍団以外の兵を排除する。
 ならば、意志のみを問う法と、時代に合わせた法の改変を行える国家は、統治組織としてより適した存在だろう。
 そして法を生み出す国家は、その法の是非を判断できる知性を持つ者たちが治めるべきだ。
 よく血筋のみで統治者を決める国があるが、それは危険だと私は考えるよ。
 資格なき者が振るう国家の害は、時に『歪み』より勝ることを歴史が示している」
 ……この辺で終わるかと思ったら、次は共生種の番だった。
「私も概ねその意見に賛成なのだガ、統治者に対しては別の考えをもっている。
 コの国の領土は年々広がり、議院は新たな領土から新たな価値観を持つ議員を受け入れている。
 そしてそれにより、近年、増加する諸問題の解決能力を落としている。
 多様な価値観は、同時に幾つもの提案を出す。議院は皆ガ満足する答えを選ぼうとし、結局選び切れないコともある。そして問題は残ったままで、火種を残す。
 多様さも、極めればその形を保てず、崩壊する。
 議院はやがて、数の限界を迎えるだろう。
 解決や決断を下す者は、より少数ガ良い。
 統治者たる知識を持つ者を養成できれば、世襲による王制も悪ではないと思うガ」
「おやおや、意志も多すぎれば面倒だとは。それはあなたの経験談かい?」
「まあね。どちらの足カら風呂に入るべきカ、三日も議論する者たちガ体の中に多くてね」
 …………叔父と共生種は笑っていたが、三日も議論とは、冗談なのか本当なのか、最後までわからなかったな。
 三日も迷うなら、まず頭から湯をかぶったほうが早いと思うのだが。





 以上が、叔父の別荘までの旅行記だ。
 口述筆記の練習ということで初めてやったんだが、わかりやすく説明するのは難しいな。こうして 話していても、意見と感想の区別がついていない気がする。
 他にもあったが、主要な出来事はこんなものだろう。
 うむ、まだまだ思考の視野が狭かった。
 都だけが全てではないな。
 いい経験をした。
 ああ、そうだ、もう一点。
 お前、もう少し綴りの復習をしておけよ。
 誤字・脱字癖が直ってないぞ。

2010.01.31 脱稿