或ル国ノ話

013.a nude conpanionship

朝は日の出と共に起きる。
開門の鐘の音が響く。
獣毛を織った毛布をはぎ、寝台から降りる。
寝起きが悪いことは滅多にない。もっと自慢すると、寝付きもかなりいい。
家が市場に近いんで、朝も夜も人々が騒ぎ行き交うが、それで寝不足ということはない。
以前そう話すと、「庶民に交わって暮らすからさ」と知り合いに言われた。
「……朝っぱらから嫌なの思い出したなー」
ぼやいて着替えると、家内奴隷で幼なじみの少年が呼びに来る。
「若様! 朝飯ですよ! ってまた一人で着替えてるしっ! 俺に短衣の着付け練習させてくださいよ〜。俺の腕が上がらないっす」
「俺はお前の練習台か?」
軽口を叩き、幼なじみと食堂に向かう。
すでに朝食の準備は済んでいて、食卓には焼きたてのパンと野菜の煮付けなどが並ぶ。
「おはようございます。父上、母上」
両親に挨拶をする。
実母は産褥で死んでいる。後妻のため当然血のつながりはないが、冷静で賢い義母はかなり気に入っている。
「おはようございます、あにうえ」
「アニウエー」
異母弟妹も好きだ。構うと、とても面白い。
「起きたか。では祈りを」
食を司る神とほふられた命に感謝を捧げる親父。
そうして朝食が始まる。
「今日は十六人委員会の会議で遅くなる。食事にも招かれているので、夕食はお前たちで食べていなさい」
「わかりました」
義母に代わって答える。
すでに義母には伝えているはず。
だが親父が不在の間、この家の主人として振る舞うことを求められている。だからこそ、食卓で親父から直接伝えられ、また直接答える。
家内奴隷も含めて家族全員にみせる、権威付けの小芝居というやつだな。
親父のこうした躾は嫌いじゃない。
「今日も学校の後は運動場か?」
「はい」
「馬術もほどほどにな」
「……はい」
神妙な顔で頷くと、義母と視線が合った。
「お気をつけて」
声がマジだ。目もマジだ。
あれか、やっぱり目隠しして馬に乗ったのがばれたか。ってか、ちくりやがったな。
隣で食ってる幼なじみを食卓の下で蹴れば、だいたい朝食も終わる次第だ。



幼なじみに勉強道具を持たせ、都の中心にある議事堂の隅でやってる学校に行く。屋外なんで冬は寒いんだが、夏前だとちょうどいい。
「お前ばらしたな」
「ばれないと思ってたんすか若様。あれだけ騒がれれば、ふつーばれます。だって目隠しで馬ですよ馬。伝説の軽業師ですか若様は。そんなの見てそこらのお嬢さん方が黙ってるわけないないっす。運動場の周りの屋台じゃ評判っすよ。若様来る日は売り上げも上々ってかんじで」
「なんだそれは。じゃあ俺に売り上げの一割でも持ってくるべき――」
「そこっ! 私語を慎みなさい!」
あれだな、教師だから出来が悪い奴に鞭打つのは当然の話だが、たまに下手な教師は違う奴に当てることもあって、あれはいただけない。
「っ! 何をする!」
「申し訳ございませんっ」
「父上に言いつけてやるっ! お前も覚えていろっ」
うわー、嫌な奴に当たったなー。
「何で若様にも言うんすかね……間違って打ったのは先生じゃねぇっすか」
「黙れ奴隷風情がっ!」
うわー、馬鹿ー。



奴隷になるのも、このご時世、珍しい話じゃない。
まず、借金払えなければ、契約不履行で売られる。
死刑判決を受けて、生き延びるために奴隷扱いの剣闘士になる奴らもいる。
両親が奴隷なら、子も奴隷だな。幼なじみはこの分類だ。
一番多いのは戦争捕虜か。身代金を払えなければ、そのまま奴隷市場がたって売られる。
「あの馬鹿は、本ッ当に想像力がない」
「はい?」
「明日は我が身だってことがわからんのかな。指揮官が阿呆で負け戦なんてことはいくらでもあるだろうに」
「……あれっす。『チチウエ』が払ってくださるんでしょ、お金」
「そうだろうさ。だが、奴隷か自由人なんて階級は一時のものだ。解放奴隷が戦功たてて議会入り、なんて例もある。奴隷を理由に人を罵倒するとは、あれだ、頭が貧困だな」
「……若様」
「お前を馬鹿にするなら、もっとお前の身体的・精神的劣等感をいじるようにだな」
「……若様。あんたいっぺん奴隷になります?」
「おう。お前が身代金を持ってきてくれるんだろ」
幼なじみが黙り込む。返事が無い。
なんだかな。
その間に、体をほぐす。
今日も空が青い。雲一つない。
午前に学校が終われば、男子は運動場で体を鍛える。
陸上競技はほとんどできるな。
武器に防具の使い方も一通り指導を受けられるが、最近じゃ剣闘士の真似事が流行だ。人数を集めて2〜3組で団体戦をする。あれは頭も使うから面白い。
馬に乗るには年間使用料を国に払うんだが、自前で飼うよりは安い。
馬は言葉が通じない獣だから、動作や雰囲気から考えを読む必要がある。相手にいかに言うことをきいてもらうかが、頭を使うところだ。
よし。
「腕を縛ってくれ」
「……………………は?」
間抜けな顔だな。
「西の蛮族に、手綱も使わずに騎乗する戦士がいるらしい。できれば便利だ」
「いやそれ意味わかんないし。だったら手綱外せばいいだけでしょうが」
「たてがみを掴んでしまうかもしれん」
「……ほんとにやるんすか?」
「そうだ。さあ縛れ」
しぶしぶ、といった様子で手を縛る。
幼なじみの肩越し遠くに、あの馬鹿がこちらを指さして笑っているのが見える。
自慢の視力で唇を読む。

「キンニクバカガマタオロカシイコトヲ」、だと?

ふむ。
「ちょっと屋台に宣伝してこい」
「はい?」
「『今日もすごい大道芸が始まるから客寄せできるぞ』とな」
幼なじみは非常にあきれた顔していたが、最終的には大通り近くまで行き、一緒に客引きもしたらしい。
結果?
もちろん成功だ。ついでに目隠しと腕縛りも一緒にやって乗り回したら、ご令嬢たちの悲鳴もついてさらに盛り上がった。
儲けた屋台の連中から、「十日間一品無料権(2名分)」もとりつけ、育ち盛りの胃袋を満たせたしな。
うまい体の売り方だろう?



運動で汗をかけば、流したくなるのが人情だ。
運動場近くの、公衆浴場へ寄る。家に帰るより近いのもあるが、大きな公衆浴場はとにかく面白いというのが理由だ。
都は国の中心で、東西南北の街道に、虚界の道まで通っている。この大陸の種だったらほとんど見られる。実体が個体で水が大丈夫な奴らは風呂に入りにくるから、体もじっくり観察できる。
ちなみに、残念ながら混浴ではない。
公衆浴場はいくつかの部屋に分かれている。温浴風呂に蒸気風呂、極端な温度が好みの種のための冷水風呂に熱湯風呂、散歩用の庭や水練場もある。
最近は、按摩師に体を揉まれている時に観察するのが習慣だ。一番広い温浴風呂の隅が、ちょうどいい場所だな。
「坊ちゃんー、このへんどーですー?」
「おう、その調子で頼む」
「あいよー」
眺めれば、いろいろな種がくつろいでいる。
黒、焦げ茶、緑、紫、青、黄色、白の肌の色や、髪などの体毛の色。鱗や角や突起を持つ種。
触腕を動かす、体を屈伸させて移動する、二本の足で歩く。
軍人や議員や奴隷、若いもの老いたもの。
泳いだり、球技をしたり、散歩をしたり。
飽きんな。
「若様、服、頼んどきました」
幼なじみが按摩台の横に立つ。
脱衣室では服の窃盗がちょくちょくある。よくできたもので、服の見張りをして小金を稼ぐ奴もいる。どいつが信用できるかわかってくると、ちょっとした通だ。
「お前も揉んでもらえ」
「……いいんすか?」
「いつものことだろうが」
交代して按摩台の横の椅子にかけ、売り子から冷やした果実を買う。
かじり、また眺める。
採光用の天窓から、浴場に光が差し込む。
声が騒がしく響く。
話し合うもの、喧嘩するもの、黙って泳ぐもの、按摩に文句をつけるもの。
「若様。野郎の裸見てて、楽しいっすか」
「面白い」
「?」
「体で生き方がわかる。種で違うが、筋肉や体の動かし方、歩く姿勢からな」
「それ、面白いっすか?」
「……面白いな。裸にして、身分も服も剥いてみれば、自分しかない。結局、誰でも体一つが自分のものなんだな」
「…………………………意味、わかんないっす」
しまった。わかる言葉で言わなければ。
「どんな金持ちだろうが貧乏人だろうが、異界の種だろうが、裸にすれば皆同じ『生き物』だということだ」
「……………………」
「坊ちゃん、難しいこと言うねー」
幼なじみの表情は、いまだ理解したとは言い難い。
他人に、考えを、過不足なく、理解させるのは、難しい。
伝えきれんとは、まだまだ未熟だ。弁論術を練習する必要があるな。



公衆浴場からあがれば、後は帰るだけだ。
大人は夜の楽しみもあるようだが、子どもは帰宅して夕食となる。
都を十字に貫く大通りを抜ける。
通りの居酒屋からは、近隣の海産物の揚げ物や焼いた獣肉のにおいが漂ってくる。
気の早い連中はもう酒が入り、詩人の歌や踊り子に野次を飛ばす。
人混みをすり抜け、家路を急ぐ。
「若様」
「なんだ」
「……若様」
「なんだ」
話ながら、人にぶつからないようにするには技術がいる。常に前方の距離を見ておかないとな。
「若様。あのですね」
「ああ」
「……もし、もしですね。もし、若様が捕まって、俺が身代金持っていくことになって、もしですね」
「ああ」
「もし、俺がその金持って逃げたら、どうします?」
とりあえず、大通りの路地に入り、幼なじみを見る。
「どうした?」
「いやほんと思いついただけで、別にほんとにそんなことするっていうか、もしもの話ですよもしも」
視線が定まっていない。
唇が乾くのか、しきりに舐めている。
手が髪を触り、腕をかき、尻尾をいじる。
「ほら、奴隷の話、したじゃないっすか」
様子がおかしかったのは、これか。
どうも今日はこちらをよく見てくると思えば。
「お前が、金を持ち逃げしたら、か」
「ええまあ。でももしもの話ですから、もしも」
目をのぞき込む。その虹彩が、すぼまる。
「お前、金の奴隷でいいのか?」
「……………………はい?」
「金があれば自由民になれるが、お前、生きている間はずっと後悔するだろう?」
「……ええ、まぁ」
「身分は解放されるが、お前はずっと金の奴隷だな」
「…………………………」
「それで、いいのか?」
幼なじみの拳が握られ、唇が噛みしめられる。牙の歯が出てるぞお前。
なんだかな。
そもそも、こうやって尋ねてくるような奴は持ち逃げなんてしない。
こいつもする気なんて全くないだろうし、こうやって問い返されるとも思っていなかった。…………こいつが聞きたい答え、では、なかっただろうよ。
ああ、皮が破れて血が出た。お前、わかりやすいな。
「お前、しないだろう」
顔が上がる。
「お前が持ち逃げなんてする、いや、そもそもできないだろ? 意外と小心だしな」
「しょ、小心ってなんすか若様俺のこと見くびってませんかっ」
尻尾が振られる。
「お前がそんなことをするとは思えないからな。お前の仮定は無意味だ」
尻尾がちぎれんばかりだ。望む言葉だからな。
「ちょ、ま、そりゃ当然ですけと、俺を甘くみないでほしいってうか、ともかく小心ってのはやめてほしいっていうか」
「よし、帰るぞ」
「若様あんた人の話聞いてますっ?」
夕食、なんだろうなー。



以上が、今日の一日。
義母から出された宿題だ。一日を客観で振り返り、まとめる。
まとめることで、日常の仕組みを抽象し理解する、というのが狙いだが、難しい。
この、日常の生活から共通の概念を抜き出す、というのがまた。この文章も添削されるしな。
夜は学校の復習を、義母や家庭教師と行う。
金持ちは光源もいいものを使うようだが、我が家は油灯。薄暗く字は読みづらいので、口頭で質問に答え、また議論をすることになる。
そろそろ時間だ。
終了。

2009.10.18 脱稿
2009.11.08 改稿