或ル国ノ話

つがい 4



 オルズの鳥の姿は、梟によく似ている。強くその血を引いたのか、ヒトの形をとる時でもその影響が見え隠れする。
 森の優秀な狩人と同じく、目も耳も断然に良い。混沌とした戦場で『つがい』を見つけられたのもこのおかげ、と誇らしく思っている。反面、都のように極端な数の雑踏は良すぎる耳目が仇となり、「うるさいしゴチャゴチャしテるし、ヤッテらんねー」と、ぼやく。
 基本的には夜行性なので、昼前はいつも眠い。夜型の体質と昼型の都の生活との妥協案、ということで、オルズが動き回るのはたいがい昼過ぎからとなる。
「体の調子はどうですか?」
「生キのいい血ヲタップり抜カれチまいました。隊長コそ、今日ハまタ何デ神殿に?」
「あなたが退役するので、その後任探しですよ。神殿に紹介を依頼したのですが、飛行能力を持つ者はなかなか少ない」
「うチの羽根持チ、自分デ飛んデッテツガい探しチまいますカらー」
 都に着いて以来、数日に一度、オルズは神殿へ通っている。血液の提供という、契約の履行のためだ。
 傍らを歩く女はオルズが所属していた隊の長で、オルズがアヴァーツォを得るために尽力し、結果アヴァーツォの監視役にあいなった。本来はアイラテロブ駐留の軍団にいるはずなのだが、
「アイラテロブの逃亡貴族が王子に接近しないか、都で見張りを命じる。
 何故ですか、だと?
 お前の部下が王子を『つがい』にしなければ、他の人質達とまとめて監視ができた。手間の責任を取ってこい。
 部下も減るのだろう? 丁度良い、都で補充してこい」
 と、上司に命じられ、オルズとアヴァーツォに同行するはめになった苦労人だ。「一緒にいると、彼も気が休まらないでしょうから」と、別に宿を取り、定期的に神官の家に顔を出す。
「彼の様子はどうですか?」
「アヴァーツォのコトッすカ?」
「その名では呼ばぬように。公式には、彼の生死は不明です」
「ヘーい。アバ、生きテますヨ、飯も食ワせテるし」
「あなたと話をしますか?」
「服着ろトカ触るなトカ、色々しャベります」
「……どんな風に?」
「目ガキュうーットツり上ガッテ細クなッテ、毛ガ逆立ッテる感じデ、すゲー好みデす。ホんトえろいんすヨ。あー、まタヤりタい、早クヤりタい」
「……あまり、良好な関係ではないようですね」
「そうッすカ?」
 隊長が、神殿の中庭を指さす。
「彼は、あのような表情をあなたに向けていますか?」
 オルズが望んだ、うつくしい生き物が、そこに、いた。


 ――建ち並ぶ立像の合間、降り注ぐ陽光に、波打ち綺麗めく金の髪。
 しなやかに均整の取れた体躯は優雅に膝をつき、まとわりつく子どもたちの頭を撫でる。
 何事かねだられたのか、困ったようにすがめられる、青い瞳。
 それでも、ほころんだ口からこぼれる青年の言葉は優しく、秀麗な顔立ちから、ふわ、と、けぶるような微笑みがこぼれる。
 けれど、首を傾げればじゃらり、音を鳴らす鉄の輪が、彼の背負う苦痛を引き立たせる――


「……『つがい』にしようと、共に生きようというのでしょう?
 ならば、少しでも信頼してもらえるよう、敵対関係からの改善を計らねばなりません。  第一に、相手が忌避する、嫌悪感を持つ行為は厳に慎まなければ――」
「あああああー、泣カせテーーー。早クチんコしゴいテタタせテ俺にツッコまさせテ、いキタいんダケドいケそーにない感じデじらしテじらしテ、そんデ溜まっタすゲー濃い子種ホしいワーー」
「――話を聞きなさい」
「あデデデデデすんませんすんません隊長いテぇッすまじいテぇッテカ耳とトれるっすヨ!」
「彼は国家の脅威とならない、と判断されるまで、監視役である私の任務が終了しません。それは非常に困りますので、上官として、あなたに最後の命令を下します」
「ハ、ハいいいぃぃぃっ」
「可及的速やかに、彼と友好を深め、『つがい』となりなさい」
「ド、努力します」
 騒ぎが聞こえたのか、アヴァーツォが顔を上げる。向ける表情は、とても険しい。
「努力は大いに結構です。それが結果に反映されるよう、願います」
「了解しヤしたー」
 さてどうしたものか、と頭の羽毛を撫でるオルズ。そこへ、一緒に連れてきた神官の弟妹(神官に子守を頼まれた)が駆け寄ってくる。
「帰るのー?」
「まだ遊ぶー」
「とりさん飛んでー」
「ふかふかはねー」
「はねー」
「痛ぇカら抜クな! 飛ベなクなッタらドーすんダもー」
「その羽毛、いくらでも生やせるでしょう」
「はやすー」
「はねはねちょーだいー」
「ヤめろお前らー!」
 オルズと弟妹がじゃれていると、アヴァーツォがぽつりと声をかけた。
「……終わったのか?」
「おあ? あ、あぁ、もう済んダ」
「戻るのか?」
「あーー、ドーすっカな。帰ッテあんタト一緒に寝テテもいーな。あんタ今すゲーいー顔してタし、早ク服ヒんむいテ抱キ合いタいしなー」
 まだ陽は高く、神官の家に戻ってもすることはない。オルズとしては、部屋に籠もってアヴァーツォを撫で回したり舐め回したりしたいのだが。
「ええ(プチ)、ですから(プチ)、そういうことは(プチ)、正式な『つがい』(プチ)、になってから一日中(プチ)、かつ心おきなく(プチ)、すると良いと(プチ)、私は思います(プチ)、オルズ(プチプチ)」
「あダダダダダ抜いテる抜いテるホんットすみません気ヲツケますまダしませんもチッとドーにカしますカらまじ羽根抜カないデ下さい隊長禿ゲます俺!」
 上官の厳しい指摘の手前、なかなかできそうにない。
 そこへ隊長、「良い枕ができます」と神官の弟妹らに羽根を渡し、オルズには数枚の硬貨を示す。
「あなたの世話役の方と話し合いがあります。戻る際は、少々遠回りして下さい。子どもたちやあなたの『つがい』に何か買ってやるのも良いでしょう。多くはないですが、これで」
「さッすガー。話ワカッテるッすね」
 何か旨いものでも、と考えていると、アヴァーツォが、隊長を見ていることに気がついた。
 見ている、というより睨んでいる。
青い瞳は憎しみに満ち、握った拳は怒りに震え、噛みしめられた唇は赤い。
 それでいて、決して視線を合わせようとはしない。隊長が視線を向ければ、秀麗な顔を歪ませて顔をそらすのだ。
「アバ? ドうしタ?」
 そむける口元を掴んで寄せ、顔をのぞく。
 怒りに染まり、けれど僅かに潤んだ目尻。噛んだ唇と同じく、朱を帯びた頬。
 アヴァーツォの表情の全てが、オルズを煽る。
「……あんタ、気ヅいテる? 今、すゲぇいい顔しテるぜ」
「っ、貴様ぁっ」
 逃れようともがくアヴァーツォの体躯を抱いて押さえ、その耳朶を軽く舐める。
「何、隊長に見られタんガそんなに気持チ良カッタん? ソんなら子作りする時も、隊長に立チ会ッテもらうカ。気持チいいほうがいい精ガ出るしな」
「……っ、……下衆がっ」
「…………あなたはもう少し、『つがい』にしようとする相手への配慮を学ぶべきですね(ブチ)」
「うギゃあッ」
 神殿の広場に、幾つもの羽毛がひらひらと舞った。