或ル国ノ話

つがい 3



「俺はあんたが『誰か』とは聞いていない。
 この間戦争に負けた国の、いいとこの息子だってことだけだ。
 普通、こうもあからさまに奴隷にはしないんだが……まぁ、運が悪かったな。あの鳥頭の『つがい』候補にされたのが、あんたが奴隷になった原因だ」
 異国の都での奴隷生活は、オルズの世話役を名乗る男の家で始まった。
 男はアヴァーツォを書斎に呼び出し、「相手が鳥頭だからな、ろくな説明をされていないだろう」と話し始めた。
「あいつの一族は変わり者でな、つがう相手を全種族・全性別から探すなんていう、節操のないことを代々やっている。
 だから子孫の姿は千差万別、鳥もいれば四つ足もいるし、よくわからんぐにゃぐにゃした者もいる。というか、好きに姿を変えられるようになった。
 体の質量を変える極端な『姿変え』は体力を使うそうだが、仲が深まったら見せて貰うといい、おもしろいぞ。
 ……深まらない? そりゃあんた次第だ」
 話の合間にも、男は家内奴隷や使用人の報告を聞き、指示を出して采配をふるう。
 年もさほど違わぬ男の姿に、過去の己を重ねてしまう。
 なぜこんなことになったのか。
 心すりきれるほど考えても、首の鉄輪は奴隷の身である現実を突きつけるばかり。
「さて、本題だ。
 全種族と節操なく交わっているうちに、あいつの一族はかなり使える体質を身につけた。病への耐性だ。ほとんどの種族の、ほとんどの病にかからない。しかも、一族の血から病の薬もできる。種族が入り乱れるうちの国にとって、これほどありがたい話はない。交渉の結果、うちの国と一族の間で契約が結ばれた。
 一族は、血をうちの国に提供する。
 うちの国は、国内で『つがい』を自由に探させ、『つがい』との繁殖に便宜をはかる。国内を自由に通行する権利、軍役の軽減、安全な繁殖場所の提供、まぁ細々とした取り決めが無数にある。
 で、俺はあの鳥の世話役に任じられた哀れな下っ端神官、というわけだ」
 『つがい』を探しに散らばる一族のため、国も各地に拠点のある神殿を契約履行の場とし、神官が立ち会いを行うのだという。
 あんたにしている説明も、『つがい』候補に対する面倒な業務の一つだ、と男はぼやく。
「あんたはあの鳥頭の『つがい』候補、繁殖相手に選ばれた。
 あーーー……、いや、うん、たぶん、もう知っているんだろうが、あいつらは男女どちらの子種も持っている。
 見た目、あいつは男なんだが、というか女を抱くこともできるんだが、毎晩あんたの精を貰って子作りに励んでいることだと――」
 血が昇った。
『――――あ、…ッ……ぅ』
 悪夢。
『あンタ、ト、俺の子ならいい卵ガデキるさ』
 知られて、いる。
「していない! 一度、一度だけだ!!」
 机を叩き、男に詰めより、その口を塞ごうとし――「落ち着け!」――家内奴隷に止められる。
 知られている。
 首輪をはめられた、夜のことを。
 異形に無理矢理に体を繋げさせられた、あの、夜のことを。
「違う、違うっ! 私は、私はあんな混じり者となど、違う!」
 腕を掴み体を押さえる奴隷もまた、犬の耳と尾を持つ異形で、アヴァーツォの嫌悪と恥辱は増すばかり。
「あーー、すまん、悪かった、言い直す。
 あんたはあいつの『つがい』候補だ。
 あいつはあんたを、伴侶としたい。だから色々ちょっかいを出していると思う。奴隷の立場だ、あんたも拒みづらいだろうが、『つがい』になるかどうか、最後に決めるのはあんたの意志による。
 あんたが了承しない限り、神殿はあいつに繁殖場所を提供しない。あんたを『つがい』にできないとわかれば、あんたはオルズから解放される」
「ならない! そんなものに私はならない!
 あのような化け物のそばに、ひとときたりとも留まっていられるものか!」
「それを判断するのも、俺の仕事だ」
 男は頬杖をつき、机越しにアヴァーツォを眺める。
「……あんたの故郷の方じゃ、一種族しか市民として認めないんだったな」
「当然だ。人としての姿を損なった者など、人であるものか。
 獣と交わるなど汚らわしい。あなたも神に仕える身ならば、このような奴隷を家におくべきではない」
 家内奴隷の腕を払い、立ち上がるアヴァーツォ。
 押し殺した声で、犬耳の奴隷を睨む。
「…………価値観の違いは、でかいな。
 とにかく、この国では、話が通じて市民権を持っていれば、それで立派な一市民だ。
 あんたも言動には気をつけてくれ。オルズはあんたに甘いが、庇いきれないこともあるろう。揉め事を起こしてくれるなよ」
 男はため息をつき、退室を促した。