或ル国ノ話

つがい 2



「王子、ドうダい、一発、抜いトくカい?」
「……こと、わ、っ、る」
「言う、ト、思ッタ。……言ワせ、タい、のガ、俺の悪い、癖、ダ、な」



 都の朝は早い。
 住人は日の出と共に目覚め、活動を始める。
 アヴァーツォの周囲も例外でなく、部屋の外から聞こえてくるのは、朝食の準備や掃除にかかる家内奴隷たちの物音。
 奴隷の身に落ちた彼も、主人――思うたび、屈辱に体が震える――のために起きるべきなのだが、当の主人が原因で、身動きできずにいた。
 腰に巻きつく羽毛の生えた腕、足に絡みつく脚。
 うなじに感じる、獣じみた異形の、寝息。
 全身をびっしりと埋める羽毛は当然にその異形の顔も覆い、呼気と共に、柔らかく背をくすぐる。
 気に入りの玩具を抱いて寝る、そんな異形の扱いは、毎夜毎朝、アヴァーツォを苛立たせていた。
 それでも、彼はこの異形から逃れられない。
 鉄製の首輪。
 白い肌に巻かれたそれは、奴隷の証であり、刻まれたのは、『この奴隷を連れ戻してくれた方には、オルズがお礼を』という文面。逃げ出したとて、素手で首輪は外せない。この目印でたやすく捕縛され、オルズの前に引き出されるだろう。
 オルズ。
 アヴァーツォを襲った怪鳥であり、彼に首輪をはめたこの異形の名。
 捕虜となったアヴァーツォの前で、怪鳥は瞬く間に姿を変え、ヒトに似た異形となった。そして、翼から変化した腕で、喜々として首輪を締めたのだ。
『寄るなっ! 汚らわしい、化け物が!』
『あーその顔タまんねーなー。すゲぇ好み』
 その日からオルズはアヴァーツォの所有者となり、夕に朝に彼を離さない。
 背中で動く気配を感じる。
 オルズが起きたようだ。
 ヒトと鳥の入り交じった異形の顔など間近で見る気にならず、アヴァーツォは頑なに顔を背ける。
「まダ早いぜー……あんタホんト昼型ダヨな」
「貴様が異常なのだ。……離せ」
「嫌ダ」
 異形は笑い、アヴァーツォに口付けた。
 背後から押さえつけられ、髪をつかまれ、強引に舌をねじ込まれる。奇妙に熱いその粘液に嫌悪し、耐えきれず――
「今日もおッカねー」
 ――噛もうとして、逃げられる。
「朝飯もらッテくッから、おトなしくしテな」
「…………蛮族が。服を着ろっ!」
「ヘいヘい」
 構うまいと思っても、アヴァーツォの美意識は、短衣(チュニック)一つ身につけないオルズを許せなかった。異形はヒトの形の時も羽毛が全身を覆っていることを良いことに、しばしば剣帯に靴だけの格好で出歩いた。アヴァーツォにとって、これは裸体よりひどい。
 言葉に従い、上着をひっかけたオルズが出ていく。しばらくすれば、二人分の食事を持ってくるだろう。そうしていつものように、てずから、アヴァーツォに与えるだろう。赤子にするように、匙を運び、固い肉を噛んで柔らかくし、与えるのだ。
「あんタハ俺のツガいダ。ツガいの食い物ハ、ツガいガ食ワせるに決まッテんダろ?」
 オルズは決して、自ら与えた物以外をアヴァーツォが食べることを許さない。
 身を襲う嘔吐感に、寝台にうずくまる。
(生きなければ。生きて、戻らなければ)
 いつまで、どこまで耐えればいいのか。
 異形に弄ばれ、こうまで恥辱にまみれてまで、生きなければならないのか。
(父上が亡いのなら、国を継がなければならないのだ。弟たちはまだ幼い。……そうだ、あの子らは無事だろうか、確かめなければ。弱気に、なるな)
 王子としての、長兄としての責務に心を奮い立たせ、異国での一日がまた始まる。