秋の朝、冷え込んだ空気が霧を産み、『境の森』の入り口が白く霞む。 白霧は蛇の如く這って藪の合間や下草の隙間をうごめき、他の流れに合流していく。
濃密な湿気。
踏みしめる草の青臭さ。
腐臭にも似た、熟れた果実の凝集した甘い香り。
黒騎士エクタールは己が指を浅く裂き、その血を土に垂らす。
「森のエンディネーミと騎士ダルダイドが一子、名はエクタール。
見張りの任を委ねた森の番よ、この血に応え、今ここに」
霧が、動く。
吸い込まれるように、森の奥へ。
吐き出されるように、森の外へ。
吹き付ける風、一行の眼前は白い波に覆われ――
「おやおやぁ、今年は客人の多い年だねぇ」
――穴のあいた皮の靴、擦り切れた膝小僧、縫い目がほつれた羊毛の上着、黒ずんだフェルトの帽子、身につけているのは淡い茶の髪の男の子。
いまだ母に甘えているような、フィリノーフィアと同じ年頃の子ども。
しかし、その垢の浮いた首の後ろからは、小さく、だが生々しく白くぬらめく茸がびっしりと密集している。
ひっ。
身を固める一行の中、アダイの従者が息を飲む。
エクタールは幼子に告げる。
「我が兄を、呼び出してもらおう」
首の茸が、風もないのに、わずかに動いた。
にぃ。
幼子の唇が、ゆっくりとつりあがる。
「いいよぉ、約束だもんねぇ」
直後。
「うわああああぁぁっぁぁぁ!」
従者の少年が、幼子に向かって飛び出していった。
2010.06.20