晴れた空に雲が浮かぶ。
午後を過ぎ、太陽はゆっくりと傾く。
柔らかい陽光は時折さえぎられ、畑の農民に涼を与える。
小麦は刈り取り後、藁を小山に積んで干す。連日続く晴天はまさに恵み、穏やかな気温に、休憩を囲む彼らの表情も明るい。
「あれぇ、なんだべ?」
「あぁ? ……なんだ、馬か。騎士様じゃねぇか」
畑の向こう、村の端を通る街道にあがる土煙。
街道の乾いた土を巻き上げるのは、数騎の旅人。
ある者は鎧を、ある者は術師の長衣をまとい、ある者は付き従う小姓や従者に見える。
「だども、旗もねぇべさ、どこの誰かもわからん」
「ご領主様の執事様でなし、気にすることないさぁ。なんかありゃ、タナーがなんとかすんべ」
「ちげぇねぇ」
げらげらと笑う農民たちに、監督官からの声がかかる。
「ほいほい! 日ぃ暮れる前に、もうひとふん張りすべっけかぁ!」
「あいよー。ご領主さまの畑さっさと刈って、自分のとこやんねばな」
「まったくだぁ。牧草もはよ刈らねばなぁ」
「いそぐべ」
土煙は街道から、村の領主館に向かっていった。
タナーは苛立っていた。
秋は繁忙期。
畑では農作物の刈り取りや家畜の餌の干し草作り、森では果実の採取や木炭作り、村人総出でもなお人手は足りない。
流れ者を雇うべきか、いやそうすると賃金が、と悩んでいる所に、部下からの「騎士様が来たでー」の一言。
禿げるかと思った。
訂正、汚い罵り言葉を発してしまった。
慌てて十字を切り、神に謝罪する。
「村の差配人を務めて11年、この程度のでくじけてなるものかっ……!」
ちなみに差配人とは、領主から俸給を受けて年貢の管理などを行う役職を指す。領主館に家族で住むなど特典が多く、伝統的に村の代表者が就くことが多い。
まずは情報収集、と一行を出迎える。
人数は6名。
騎士が2名に術師が1名、それぞれ従者や小姓を連れている。
「おお、差配人殿。出迎え感謝する」
黒い騎士の丁寧な挨拶に、わずかに心が落ち着く。
最近でこそ農民出身の騎士が増えたものの、本来は森の貴族階級が占めていただけに、平地の農民に尊大に振る舞う者も多い。
(通りすがりか、狩りか?
狩りは、狩りだけは止めてくれ……。
こんな忙しい時に勢子(※【せこ】狩りの際に、獣を駆りたてる役)をだす余裕はないっ……)
タナー、生え際が気になる52歳。
必死の祈りに神が哀れんだのか、黒い武具の騎士は意外なことを述べる。
「差配人殿、こんな忙しい時にすまない。我らも長居はせず、明日の早朝すぐに出立する。
人の寝床に馬の飼い葉、朝の食事までを頼みたいのだ。承知してくれるだろうか?」
思ってもない好条件である。
それくらいですむなら大した負担ではない。
勢い良く頷いたタナー、その手を黒い騎士が優しく握る。
「差配人殿、少ないが受け取ってくれ。
なに、遠慮してくれるな、できれば馬には良い餌をやってほしいのだ」
手の中に、冷たい金属。
間違いない。
貨幣の感触である。
はっ、と見上げたタナーの目に、黒い騎士
の紋章が映る。
隼と蔦。
近隣、この紋章と黒い武具を装備する騎士は、たった一人。
「ま、まさかまさか、あなた様は、先の戦争で活躍されたエク――」
そっ、と。
黒い騎士の人差し指が、タナーの唇を抑える。
「内密に」
囁かれた。
耳元で。
甘く、低い声だった。
「では頼むよ、差配人殿」
一行は部下に案内され、領主館の奥に入っていく。
残されたタナー、52歳、男。
「なぜ腰砕けになるのですか神よぉぉぉおお!」と叫ぶ姿が見られたとかなんとか。
翌日、エクタールの一行は馬足軽く、目的地への旅路を急ぐ。
「いや〜〜、馬の手入れに、昼飯までもらっちまって、ほんとお前がいると楽でいいよな!」
馬上、上機嫌なアダイに、エクタールも笑みで返す。
「うむ。心と小銭を尽くして応対すれば、大概のことはわかってもらえるものだ」
後ろを走るセタンが、瞳に星を浮かべてエクタールを見つめる。
「さすがエクタール様……!」
セタンの視線に頓着せず、エクタールはエオを促す。
「さ、エオ殿、アダイを先頭にしますゆえ、昨日と同じく続いて下さい。
フィリノーフィア、疲れは残ってないですか?
今日も長く走りますので、つらくなったらエオ殿に言って下さい」
エオの前に乗っていた小姓、の変装をした金髪の少女が、元気良く「ぜんぜん疲れてませんわ!」と応えた。
――アダイの従者とフィリノーフィアを連れた一行は、急遽、トゥーガスの地に向かっていた。
事件の解決の手助け、エクタールの義兄を『呼び出す』ためである。
2010.05.02