metamorphosis -the decision period-

再会 8


「エクタール様、何を!?」
 鮮血は風に舞い、セタンの頬を、地を染める。
 黒のサーコートがはためき、エクタールは朱を散らして走る。
 向かう視線の先は、フィリノーフィア。
 双眸は瞬きもせず、小さな口は虚ろに開き、金の髪が乱れ暴れる。
 風に逆らうエクタールの左手が、まさにその髪を掴もうと――

『だめだだめだだめだだめだ』
『だめだ』
『ヤクソクだ』
『フィーはヤクソクだ遊ぶとヤクソクした』
『お前たちがヤクソクした子だ』
『だめだめだめだめだ』
 風の渦より現れる灰の小猿らが、エクタールの背に、足に、肩に、黒髪に、絡みつきしがみつき、その重さは青年をたやすく地に叩き伏せ――


ざあアアアあああっぁぁああアああああ


 赤い血が、大きく振られた左腕より飛散する。

 フィリノーフィアの髪に。
 地に生えた白い茸の円陣に。
 白灰色の妖精たちに。

アアアアアアアアアァァアアアッ

   血を浴びた小猿たちはうめきもがきのけぞり、エクタールは地に押さえつられたまま叫ぶ。

「私の血は人の血、
 人の血の染みた地は人の地、
 人の血を受けた者は人の子!
 去れ!
 ここは今、血によって定められた境の外側だ!」

アアアぁあざああああぁああ

『ずるいずるいずるいずるい』
『どっち内どっち外どっち』
『ヤクソク破りヤクソクはどっち』
 灰の生き物たちが動きを止め、風が弱まり――

「…………ぉかあさ、ま?」

 地に沈んだ少女の体が、ふっ、と浮き上がり――

「もらったああああああああああっ!」

 闘魂一発、怒濤の勢いで突進し、ずるり、円陣よりフィリノーフィアの体を引き抜いたのは――

「アダイ! よくやった!」

 騎士アダイ、抱えた少女ごと地面を転がり豚や若木を折り、果樹の根本にぶつかり止まる。
『円が欠けた円が』
『遊べない入り口が欠けたら呼べない』
『ずるいずるいずるい』
『ヤクソク破りヤクソク破り』
『返せ返せ返せフィーを返せ』
 灰の小猿たちがアダイを取り囲む。
 細長い指を気を失った少女に延ばし、しかしエクタールの血が気になるのか、すぐに引っ込める。
 アダイは辺りを見回し――エクタールは押さえ込まれて動けず、他の三人も手出しができず固まっている――言った。
「わかった。お前ら、遊び相手が欲しいんだな?
 今度連れてきてやるから、このガキは置いてけ。
 とにかく、今日は帰れ」
 しばし。
 周囲は静まりかえる。
 アダイの野太い声が響く。
「一人より、二人いたほうが楽しいだろ?
 今度おもしろいの連れてくるから、それまで待ってろ。このガキもそれまで待ってろ」
 小猿たちが顔を見合わせる。
『ホントウ?』
『ホントウにおもしろい?』
『ホントウに連れてくる?』
『ホントウにフィーと遊べる?』
『ヤクソクする?』
「ああ、約束だ」
 大きく頷くアダイに、灰の生き物のがさざめく。
『ナマエ、ナマエに誓って』
『ヤクソク、ヤクソク守って』
『守らなければお仕置きお仕置き』
『ヤクソクなければ帰らない』
「いいぞ。俺の名前はアダイ、騎士のアダイだ。
 このあいだ騎士になって売り出し中、領地持ちの未亡人なら、年増でも不器量でも問題なしの、騎士アダイだ」
 アダイの言葉の中途より、灰の小猿たちが喜び踊る。
『アダイアダイ』
『騎士のアダイ』
『ヤクソクしたサンプ・リギーはアダイとヤクソクした』
『コンドコンド』
『いつコンドっていついつ』
 小首を傾げ、灰の生き物が一匹、尋ねる。
「いつかなー。そいつ遠いとこにいんだ。
 ま、できるだけ早く連れて来るぜ。それも約束する」
 だから、とアダイは続ける。
「だから今日はもう、このガキ置いて帰れ」

 ざあぁぁぁぁあああ

『わかった』
『わかったアダイ』
『帰ろう』
『帰ろうサンプ・リギーは帰ろう』
『ヤクソクしたから帰ろう』
『コンド、できるだけ早く、フィーとおもしろいので遊ぼう』
『ヤクソクヤクソク』
 ざぁっ、と、唐突に風が巻き上がり、葉や草が視界を埋める。

 そして。

 全て、一匹残らず、灰の生き物たちは消え失せる。
「消えた……? レイディ!? お気を確かに!!」
 呟いたエオのそば、取り縋っていた貴婦人の体から力が抜け、くたり、地に伏した。  

   

 2010.04.25