metamorphosis -the decision period-

再会 6


 城門を出て道を下れば、そこは王城通り。
 右手には羊の毛織物で儲ける商人の館、左手王の配下でも有力な部族の屋敷が立ち並ぶ。
 商家は王城通りに面した1階を店とし、羊毛の納入に来た雇いの職人や直接の取引を求める大陸の商人が行き来する。
 部族の屋敷も造りは同様だが、出入りする者は部族の本拠地から来た身内が大半だ。
 王に仕える部族の大半はヴォルドラルドの北方、アンギィッド山岳地帯に勢力を持つ。
 炭や木材といった森の産出品、鉄製の農具や武具といった加工品、干した獣肉や北海の塩漬け魚といった食料品を乗せて大河セカンナを船で下り、穀物や家畜の餌、葡萄酒などの大陸からの品を仕入れて上る。
 西海岸のモイルッド、北部のアンギィッドを結ぶ、長き河セカンナ。
 ヴォルドラルドはまさにその中間に築かれた都市。
 猛き炎ランシスは、行き来する船より得る通行料の権を、大河セカンナの源流から河口まで一貫して握った最初の王である。
 都市の上流を、政略結婚により。
 都市の下流を、智者と共に成した騎士団の武威により。



 ルグの屋敷は、王城通りと中央通り交差する角、教会の裏手に建つ。教会と共有とはいえ、緑滴る果樹園と畑の広さは都市の住人の羨望の的、そして与えた王の厚い信頼を示す。
 実る秋、照る日差しに金髪を輝かせて少女は笑う。
「エクタール、黒の騎士様! お会いしたかったですわ!」
 黒騎士に抱きつくという元気の良い挨拶をした後、婚約者であるセタンと共に果樹園を見回りに行った。
「あれも今年で九つを数える。遅くにできた子だからか、父上もたいそう可愛がっている」
 木立の合間から、少女が異母兄と黒騎士に手を振る。
 横では少女が転ばぬよう、セタンが気を配っている。
「先々が楽しみな妹御で」
「まったくもって。
 …………だからこそ、狙われたと、父上も我ら兄弟も思ったのだ」
 エオの額に、深い皺。
「オゥルーの息子が消えたと聞いた時、卑怯だが、あれを城外に出すよう勧めた。父上は反対したのだが、まさか移した先で消えようとは……」
 エオがつくのは、深い溜息。
 エクタールは腕を組み、なにやら考え込む。
「エオ殿、妹御は、ヴォルドラルドの外でいなくなったのですね?」
「そうだ、エクタール殿。
 貴殿が王と共にやってきた、あの館で我が妹は消えた」
 ルグが王より授かった領地は、ヴォルドラルドより馬で半日。広くはないが、地味良く勤勉な農民が多い土地柄。
 その地の一角に建つのは、農民や村々を監督する領主の館。領主の、とはいってもルグらが生活するのはヴォルドラルドであり、普段から領主の館に住むのはルグの領地の管理人とその家族たち。
 そこへ妹とその母を移した矢先、フィリノーフィアは煙のように消えたのだという。
「エクタール殿、だから貴殿には、まさに感謝してもしたりない。
 ……そして、ぜひに力を借りたいのだ。このヴォルドラルドに戻ってきてからも、あれの周りは少しおかしい」
「……見えない『何か』と話したり、または見えない『何か』の物音が聞こえたり、などですか?」
「まさにそうだ。
 あれの周りには四六時中に侍女をつけている。たびたび、おかしな物音を聞いたり、物が消えたりしているという。目を離した気もないのに、はたと見ればもうないのだと。
 …………今は抑えているが、家の者も気味が悪いと感じている。
 レイディも気丈に振舞ってはいるが、どうもな」
「……レイディに、御母堂のラーフィーネ様に会うことは叶いますか?」
「もちろん。エクタール殿の話をした際、会いたがっておられたよ」
「左様ですか……おや?」
 秋の風がそよぐ。
 視線の先では、少女が果樹園に放し飼いにされた豚を乗り回し、婚約者の少年を慌てさせている。
「………………闊達、ですな」
「そこがまた可愛いのだよ、エクタール殿」
 エオのまなじりは、地面に着かんばかりに下がっていた。
 

   

 2010.04.13