「ガーディアン・フォースは君を待っている!」
           ―――GF隊員勧誘パンフレット



 GFの責任者、というのもなかなかに気苦労が多い。
 だいたい、GFの構成員の八割を、九年前までは殺し合いをしていたヘリック共和国とガイロス帝国の軍人達が占めるのだ。あちらをたてれば贔屓だと言われ、そちらを宥めれば不公平呼ばわり。加えてこれら八割の出身地比率もくせもので、一対一の半々だ。
 つまり、エウロパ大陸的に見ればガイロス帝国が優勢である現状なのに、GF内では両国の発言力は対等なのである。
 そのため責任者は、GF内では公正明大、帝国内では少々良い顔をし、共和国内ではその件については全く触れない、というような、複雑怪奇な行動を取らねばならない。
 GFの最高責任者用の事務室にある鏡の前でポーズをとっていたクルーガー隊長は、豊かな亜麻色のマイ・ヘアーに白髪を発見してショックを受けた。
「私も年を取ったな……」
 フッ、と呟くと、「なにやってんだ?」とバン・フライハイト隊員が呆れ顔して現われた。
 現在23歳、二次性徴は終わったが、髭は毎朝そっているらしくツルツルだ。声代わりもし、背も伸び(180cm)、亡き友人に代わって常日頃その成長を喜んではいるが、こんな姿を見られるとはちょっと間が悪い。
 クルーガーは一つ咳払いし、
「バン、いつもドアはノックしろと言っているだろう」
 とごまかしてみたが、
「ノックもしたし敬礼もしたけど、気がついてなかったぜ?」
 さらに墓穴を掘った。
『るヴぁ。ヴィあウィーえアーおヴ』
 ジークまで尻尾を振った。
「ほら、ジークもそう言ってる」
「む。………………(本当か?)。まぁいい。
 それで、どうだった?
 新規採用の民間人は」
「…………うーーーーーーーーーーーん」
 バンがしかめっ面になる。


―――GFは、軍隊ではない。
 両国最新鋭のゾイドが投入されたり、常に戦闘訓練を行ったり、実砲を撃って犯罪者集団と戦闘状態に陥っても、軍隊ではない。
 では何かというと、司法組織なのである。
 犯罪者の逮捕権をエウロパ大陸中に(名目上)持つ、『戦うおまわりさん』。
 この『おまわりさん』、GF設立当初からなかなか実態にそぐわなかった。
 GFでゾイドの整備や事務をする隊員以外に、ゾイドを駆って広域捜査をする隊員を捜査官と呼称しているのだが、いままでドンパチが専門で、民間人を見下していた(傾向の強い)軍人が、急に『あなたの第一の僕』的捜査官になれるわけがない。
 強引な捜査、怪我人、冤罪に抗議書の山で、当時の責任者は胃に穴を開けた。
 その問題打開のため、GFの理念にあった捜査官育成専門の教育機関を、という話が二年前に立ちあがったのだ。
 ……………………が、すぐに行き詰まった。
 資金難もそうだが、GFの組織自体が初めての試みであり、どんな捜査官を育てれば良いのか、その育成カリキュラムを作るにも多くの時間と情報が必要、というのが理由だ。
 現在は両国共同プロジェクトチームが急ピッチでカリキュラムの作成に勤しんでいる。そのため、すぐには専門捜査官を養成することはできないが、ならばせめて軍人色を薄めようと考え出されたのが、民間人採用、というこの手段である。



「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
 バンはソファに座り、天井を向き、腕を組み、唸る。
 今の今まで希望者の面接をしていた彼だが、少々説明に困っている。
 砂漠のド真ん中にあるこの基地には必需品のエアコン(空調寒暖調節機)も唸りをあげて稼動している。
 かなり古い型で、ボロい。
『ヴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』
 ジークはリノリウムの床に座り込み、子首を傾げ(イッツァラブリイ!)、短い前足を組み、唸る。
 ジークもバンにくっついて面接をしたり、昼寝をしたりしていた。
 部屋の隅のリノリウムは少々剥がれていた。ややボロい。
「なんか、見た覚えのある奴何人かいたぜ」
「……どういうことだ?」
「手配表とか、前科者リストとか……」
 クルーガーは両肘をスチール机につき、両手を組み、顎を乗せ、深く溜息をつく。
「……前歴を不問にしたからな」
「履歴書だっけ? それも見たけど、賞金首で追われてるとかってのはいないみたいだ」
「照会は取ったか?」
「帝国と共和国両方に尋ねたよ。一応、いないな」
「顔を整形している可能性は?」
「医療班が調べてるけど、何人かは整形したって自己申告があったから、どーいうふうに変えたのか手術した医者に問い合わせしてる」
「連絡が付かない者は除外しておけ。モグリに頼る以外に方法がない者は論外だ」
「犯罪者追っかけてるGFが犯罪者じゃあ、どーしようもないもんな〜」
 あははははー、と乾いた声で笑い、バンはがっくりとうなだれる。
「隊長〜〜〜、俺、まいった」
「どうした」
 ジークもバンの真似てうなだれる。
「応募資格の年齢って、十七歳以上だろ? ……お前まだ十七じゃないだろっ、って奴がいてさ。俺、駄目だって言ったんだ。十七になったら来いって言ったらさ、言ったらだぜ? どう言い返してきたと思う?」
「どうした」
「『あなただって十七歳になる前からGFにいるじゃないですか!』って言ったんでしょ?」
「フィーネ! 聞いてたのかよ!」
 事務室に入って来るのは、ただ今バンと同棲中のフィーネ=エレシーヌ・リネ。
 出産後、Dr.Dの助手に復帰し、GF所属ゾイドの整備・開発を手がけている。
「ええ。モニターで見ていたの。バンが面接しているところ」
「だったら助けてくれてもいいだろ〜〜〜?」
「駄目よ。だってあの子、嬉しそうだったわよ?」
「どういうことだ?」
 クルーガーが尋ねると、
「あの子、バンの事が大好きで、バンの話が載っている本を呼んでいて、バンに会いたくて共和国からここまで来たのよ?」
「すっげー詳しく知ってんだよな〜。なんか、俺の生まれたとこがウインドコロニーだとか、いくつン時にどーしたとかさ。ちょっと気味悪いぐらいだ」
「『英雄』だからな。お前の記録は、共和国の歴史の教科書にも載っているぞ」
「げ」
『ヴぇ』
「あの子は、バンに憧れてここまで来たの。不採用でも、最後までバンが相手をしてあげなきゃ、かわいそうだわ」
「男に好かれてもなぁ……」 
 困るぜ、とぼやくバンにフィーネが爆弾発言をかました。


「あら、アーバインは好きなのに?」





「アーバインか。
 あれは、生きているか?」
 クルーガーは、GFセンター・ルーム(中央官制室)の司令官席から砂漠の地平線に沈む夕日を見ていた。
 黄塵をまとい紅に燃えるその恒星は、遥か昔からこの惑星を照らす。
「最近あったのは二ヶ月前。いつも通りだったわ」
 隣に立って一緒に眺める、フィーネ=エレシーヌ・リネが生まれた時代から変わらずに炎を噴き出すかたまり。
「そうか」
 センター・ルームでは、いつも通りの業務をこなすオペレーターたちが動き回る。
 バンは直後に入った呼び出し放送を理由に、脱兎の如く事務室から出ていった。
 意趣返しになったようで、クルーガーはなにやら楽しい。あまりに慌てて、ジークを残して行ってしまったのだ。
(やれやれ)
 両手を組み、クルーガーは目を細めて夕日を見る。
(お前の子供は、まだまだ子供だな。あれで父親が勤まるのだから、不思議だよ)
 フィーネは笑って付け加えた。
「子供達に、会いに来てくれたみたい」
「らしい話だ」
 クルーガーも静かに笑い、ゆっくりと返答する。
 活気のあるざわめきを背後にした沈黙。
 互いに、それを心地好いと感じるのは、今が満たされているからか。
「フィーネ」
「なに」
 囁くようなフィーネの相槌に、クルーガーも低く言った。
「お前達は、…お前とバンがということだが、……本当に良いパートナーだな」



 ガイロス帝国皇帝、ルドルフ・ゲアハルト・ツェッペリンU世の即位九年。
 その年から始まったGFの新規採用民間人数は、年を追う毎に増加する。当初2割であった非軍人率は、十年後には6割を越えた。
 幾多の大事件を経て、GF自体の規模が拡大され隊員数が二倍に膨れ上がり、軍人数の割合が全隊員に比べて相対的に下がったためである。
 懸案事項であった捜査官養成専門機関が設立され、徐々にGFへと人材を輩出していったためでもある。
 設立当初、両国の下部機関で終わるのではないかとみなされていたGFだが、その後長く独立性を保つ事となる。
 歴代のGFの責任者が両陣営に対してのバランスに苦心したことや、多くの民間人採用が国家色を薄めたことなどが、後世その理由にあげられている。

 

2002.05.02 脱稿
2009.12.06 改稿