「鳥と同じように、かつてから『自由』の象徴とされているもの」
       ―――カール・R・シュバルツ
            〜【風のように鳥のように】(著:神飛鳥)から抜粋



―――エウロパ大陸は大別して三種の勢力に分類される。
 西方のガイロス、東方のヘリック、中央の中立地域。
 これらは政治上の理由だけではなく、気候的な分類でもある。
 ガイロスは暖流から吹き込むゼピュロス(西風)が支配する温暖な湿潤地帯と、砂漠・草原の乾燥地帯とを占める。
 長年続いた共和国との戦争で終始優勢であったのは、技術的優位性の他に、湿潤地帯にある広大な穀倉地域と、野生種ゾイドの営巣地が点在する乾燥地帯を領有していたことにもよる。
 ヘリックは北海に面し、国土の大半が冷帯に属する。
 食料生産力は帝国の三分の二、養える人口も当然帝国より少ない。
 隕石墜落とデススティンガーによって首都は二度壊滅し、この国力の差は戦争終結後も数十年は埋まらなかった。
 さて、大陸の五割を占める中立区域は、乾燥地帯である。
 一口に乾燥地帯と云っても、北部の高山、中央部の砂漠、南部と砂漠を囲んで東西にも広がる草原地帯とある。
 『英雄』が一人、バン・フライハイトは砂漠のコロニー出身だ。
 厳密には、彼はどこの国にも属さなかった。
 軍属だった父親のため当初は共和国籍を持っていたのだが、焼失した戸籍簿の復旧の際に、彼は国籍の再登録をしなかったのだ(申請を忘れていた、という説が有力)。
 軍籍も後に本人が削除した。
 GFは国境を越えた秩序維持のための司法組織であり、名目上どちらの軍隊でもない。
 父親と同様、一時期共和国の軍籍であったのは、単に共和国がコロニーから近かったからにすぎない。
 戦争末期、バン・フライハイトに代表される『ゾイド乗り』は、多く砂漠を舞台とした。
 砂漠で破壊されたゾイドは補修される。
 補修されることもなく死んでいくゾイド(搭乗者含む)は砂となる。
 穴を埋めるようにゾイドやその部品は草原から補充される。
 なぜなら、戦闘・非戦闘を問はず、ゾイドの繁殖・補修技術を持つのは、帝国・共和国以外には草原の民だけだからだ。


  ―――草原の民。または流浪の民。
 夏は羊・馬・牛を追い、冬はゾイドの繁殖を世話する。
 夏は草原を駈け、冬は焚き火を囲み樂舞で無聊を慰める。
 季節と共に移ろい、風に明日を祈り、草原に生きる。
 古くは大陸に覇を唱えた者達の、末裔である。


 行商の姐御、骨の髄まで商売人、グスタフ駆ってどこまでも、なムンベイは歌が上手い。
 訂正。
 歌が大好きだ。
『あったしは〜〜荒野の〜〜たびびとぉ〜〜〜♪(以下略)』
 たっぷりと豊かな声量、ひび割れもしない丈夫なスピーカー、こぶしの効いた歌が赤茶けた大地にガンッガンに響き渡る。
 バン・フライハイトGF隊員の頭にも容赦なく響く。
 彼は二日酔いだった。
 これ以上もなく、気持ち悪かった。
 情けないことに、愛機ブレードライガーのコクピットで嘔吐しそうになったため、グスタフの後部座席に寝っ転がっていた。
 どうもライガーの縦バイブレーションがまずいらしい。
 相棒ジークと一緒に、ライガーはグスタフの荷台で不貞寝している。
 三つ子の魂百まで。
 ルドルフ・ゲアハルト・ツェッペリンV世陛下の御世十三年になる現在、彼は二十五歳で父親にもなったが、無鉄砲かつ無算段な面がときたまこうして顔を出す。
「…………………………………ムンベイ、やめてくれよ」
「あぁ? 何だい? やめてくれ?
 あのね、馬鹿なこと言ってくれるんじゃないよ、バン。
 あんたをグスタフにタダで乗せてるのは、あんたが頼み込んできたから。
 あんたが二日酔いでどうしようもないのはあんたの責任。
 あたしが持ち歌を流すのはあたしの趣味。
 どうこう言えることじゃ、ないじゃないのさ。
 うるさいってんだったらさっさと降りとくれ」
 正論である。
 筋が通っている。
 実に論理的だ。
 なのでフライハイト隊員は何も言い返さず、後部座席にゴロ寝した。
 荷台にほろをかけたグスタフが、荒野を行く。
 赤茶けた巨岩を横目に、雨季には川床になる谷間を通り抜ける。
 谷を抜ければ、そこから先はエウロパ大陸中央部の砂漠と、東部のヘリック共和国に挟まれるステップが広がっている。
 一面の草原が広がるステップは、草地・砂漠・高山・荒地が混在している。
 おおまかに分布図を描けば、北部から高山・荒地、草地が続き、草地の所々に砂漠が点在しているだろう。
 ステップには幾つもの道がある。
 舗装はされていないが、何世紀も前から行商人たちが踏みしめてきた交易の道だ。
 街道沿いには小さな村や町、城壁を持つまでに発展した都市が宿場として存在する。
 ヘリック共和国に属しているものもあるが、それは共和国に近い場所にあるからだ。
 中央地帯の砂漠に近づくほど、これらは独立した自治都市となる。
「っていうか、バン。なんであんたそんなに二日酔いなのよ」
「……昨日飲みすぎたんだ」
「ったく、だらしないわねー。仕事にさし障りが出るほど飲むなんて、あんたそれでもプロなのかい?」
 バンとしても言い分はあった。
「だって昨日、久々にアーバインと会ったんだぜ? じゃあ飲もうかって話になったら、ハーマンとかクルーガー隊長まで来ちまってさ。それでGF基地のバーで盛り上がって、店の酒、ほとんど空けたんだ」
 ムンベイはジト目でバンを見た。
「あんた、馬鹿じゃないの?」
 ばっさり切られた。
「いや、俺だってほどほどにしようって思ってたんだぜ?」
「思っただけだね」
「だってなぁムンベイ! アーバインもハーマンもクルーガーもフィーネも、絶対変だぜ!?
 っていうかザルなんてモンじゃない、ワクだワク! いっくら飲んでも全っ然酔わないんだぞ!」
「……で、負けられなくついつい深酒したと」
「あーそーだよ」
「開き直ってるンじゃないわよまったく。あんたってそーいうとこが馬鹿よね〜。
 フィーネとアーバインはともかく、ハーマンの旦那やクルーガーのオッサン相手で勝てると思うの? 特にニューヘリックシティ出身相手に」
「なんか関係あんのかよ?」
「大アリよぉ、あそこってそうとう北にあるでしょ?
 冬なんて一日中零下なのが当たり前、酷いときにはマイナス六十℃まで下がったこともあんのよ」
「……マジ?」
「あたしが生まれる前の話だけどね」
「え〜〜?じゃあ、」
「計算しなくていいわよ」
「あででででででムンベイ耳引っ張るなって耳あああああ前前前前前見ろ前!」
「ひえぇぇえっ」
 前方五bまで迫った谷底の壁を急ハンドルで左に切って、グスタフは間一髪正面激突を免れた。
「ふう、危なかったv」
 額の汗が、スガスガしい。
「勘弁してくれよ、また頭が痛くなってきた……」
「とーもーかーく、ニューヘリックの住民は水代わりにウォッカ飲んでる連中なのよ」
「……なんでウォッカ?」
「あれよ、人間不凍液。凍死予防でアルコール飲んでるわけだから、肝臓なんか比べ物になんないわ」
「……ちぇー」
 ふてくされるバンをよそに、グスタフは一路草原へと向かった。