裸足の裏をつつけば、ぴくり、と反応する。
目の前で音の出る玩具を鳴らせば、手を伸ばす。
抱き上げてみれば首がすわり、あやしてみればにこにこと笑う。
生まれて6回も月が巡れば、乳児もだいぶ人らしくなってくる。
母乳を飲ませて立たせれば、おくびもできるようになってくる。
「おやおやおや、上手にお乳が飲めまちたね〜。いっぱい飲めて、満腹でちか?」
洗濯物を抱えた召使が通りがかり、乳児の顔を覗き込む。
「お嬢様は今はとっても『げっぷ』が得意ですわね。最初はなかなかしてもらえなくて、大変だったこと」
「……」
乳児をあやしながら、無言で女は目をそらす。
当初授乳をさせてはみたものの、まだ赤ん坊の胃や喉は成人のようにはできあがっておらず、吐き出してしまうことが何回か続いた。
見かねたこの古参の召使(子が5人、孫が12人)が『赤ん坊の育て方』を付きっ切りで女に教え込んだのだ。
肌着やむつきの作り方を教え、加えて夜泣きで女の体力が限界ならば一晩中あやす、ときた日には、女はますますこの召使に頭が上がらない。
「まあまあまあ、母親がそんなに無口でどうしますか。
ちゃんと声を出してかまっておあげなさい。
昔からあなたはおしゃべりの少ない子でしたが、今は立場が違います。
この頃の子になってくると、耳も目も少しは使えるようになってますから、こんなことをしてあげても喜びますよ」
と、召使は洗濯物を脇の机に置き、小さな寝台に仰向けに寝かされた乳児に、
「ほらほらほら、いないいない、ばぁ〜〜〜〜」
『イナイイナイバア』を行う。
「………………」
無言で女は目をそらす。
「はいはいはい、恥ずかしがってどうしますか。あなたもしてごらんなさいな。
あらあらあら、やっぱりお嬢様は笑顔が素敵ですこと、ほらほらほら、ばぁ〜〜〜〜〜」
召使はにっこりと笑い、女の肩をたたく。
「今だけしかできませんよ。
お嬢様が大きくなったら、周りの目もありますでしょう?
今だけ、母親になってごらんなさい」
ね、と召使が促す。
女はしばし年かさの召使を見つめ、ゆっくりと頷く。
「そうそうそう、『いないいないばぁ』だけでは芸がないですわね。
次はこれをしてみましょう!」
と、召使は巧みな舌技を用いて、『ベロベロバァ(改)』を行う。
「さ、やってごらんなさい♪」
―――女は足裏に、じっとりと嫌な汗を感じた。
脱稿 2007.07.11
改稿 2007.08.11