最初は植物を柔らかくして編んだ。
じきに獣(言葉が通じない生き物)を狩って毛皮を得た。
次第に獣の体毛や植物性繊維を使うようになったのは、殺すばかりでは量が足りなくなったためだ。
獣を飼い、植物の耕作地を増やす。
縒って紡いで糸となし、織って裁たれて布となり、防寒・防具あるいは装飾として身にまとわれる。
与えられた敷布は、清潔なものだった。
何十回と洗われたからか四隅が多少ほつれてはいたが、顔を埋めれば柔らかく、かすかな香りを感じる。
「ヨゴシタラココニモッテクルンダヨ」
洗い場の女を見上げる。
太めで、体格がいい。部族の女たちとは全く違う見かけと言葉。
「ヨゴサナクトモトオカニイッペンハアラウカラネ」
(いいの?)
どう聞けば良いのかわからず、敷布を持ち上げ、洗い場の女に見せる。
長の部族には、こんなに柔らかくて気持ちのよい布は与えられなかった。
昼は日に焼かれ、夜は寒さに凍えて家畜と共に暖をとった。
「コレジャイヤナノカイ?」
声が尖っている。
(ちがう)
首を振る。
(どうしよう)
言葉がわからない。
本当にこんなに良い布を使っていいのか、後で殴られたりはしないのか、尋ねたいのだ。
泣きそうになっていると、聞き慣れた言葉がかけられる。
「どウした?」
奴隷頭の男がいた。訛りが強いが、部族の言葉だ。
「これ、使って、よいの?」
布を差し出す。
足下を見つめる。
奴隷頭の男の足も、洗い場の女の足も、部族のものとは違う革で作られた靴を履いていた。
(あれなら、けられていも、いたくない)
そう思っても、体が震える。
「そウだ。それはオまエのものだ。
よるはそれヲつかエ。よごしたら、ここで、アらウ。十のひがすぎたら、イちどアらウ」
奴隷頭を見上げる。
(おまえのもの?)
差し出した手の上に、さらに他の布が重ねられる。
「オまエのふくだ。からだヲあらイ、ふくヲかエろ」
母が縫った長衣も、姉が作った皮履きも破れている。
替えろというのはわかるが、目の前にある薄い布はとても長衣には見えない。
(からだを、あらう?)
言葉がわかっても、意味がわからず固まってしまう。
奴隷頭の男はそれをみて、洗い場の女と話をつける。
「コイツハコノママアライバデハタラカセル。オマエガトウブンメンドウヲミロ」
「マッタクテマダネェ」
「サバクノニンゲンハフロノハイリカタモフクノキカタモワカラン。アカンボウダトオモッテアツカエ」
「ナンテハナシダ! コレダカラバンゾクハ!」
「ヒニイチド、オレノトコロニヨコセ。コトバヲオシエナケレバナラン」
奴隷頭の男が、かがんでのぞき込んでくる。
「こイつがすることヲ、まねしてはたらけ」
洗い場の女を見上げる。
殴ってきそうな様子ではない。
小さく、うなずいた。
都での女の生活は、このようにして始まった。
脱稿 2009.10.04