或ル国ノ話

011.シーツ(a sheet of mine)

最初は植物を柔らかくして編んだ。
じきに獣(言葉が通じない生き物)を狩って毛皮を得た。
次第に獣の体毛や植物性繊維を使うようになったのは、殺すばかりでは量が足りなくなったためだ。
獣を飼い、植物の耕作地を増やす。
縒って紡いで糸となし、織って裁たれて布となり、防寒・防具あるいは装飾として身にまとわれる。



与えられた敷布は、清潔なものだった。
何十回と洗われたからか四隅が多少ほつれてはいたが、顔を埋めれば柔らかく、かすかな香りを感じる。
「ヨゴシタラココニモッテクルンダヨ」
洗い場の女を見上げる。
太めで、体格がいい。部族の女たちとは全く違う見かけと言葉。
「ヨゴサナクトモトオカニイッペンハアラウカラネ」
(いいの?)
どう聞けば良いのかわからず、敷布を持ち上げ、洗い場の女に見せる。
長の部族には、こんなに柔らかくて気持ちのよい布は与えられなかった。
昼は日に焼かれ、夜は寒さに凍えて家畜と共に暖をとった。
「コレジャイヤナノカイ?」
声が尖っている。

(ちがう)

首を振る。

(どうしよう)

言葉がわからない。
本当にこんなに良い布を使っていいのか、後で殴られたりはしないのか、尋ねたいのだ。
泣きそうになっていると、聞き慣れた言葉がかけられる。
「どウした?」
奴隷頭の男がいた。訛りが強いが、部族の言葉だ。
「これ、使って、よいの?」
布を差し出す。
足下を見つめる。
奴隷頭の男の足も、洗い場の女の足も、部族のものとは違う革で作られた靴を履いていた。

(あれなら、けられていも、いたくない)

そう思っても、体が震える。

「そウだ。それはオまエのものだ。
 よるはそれヲつかエ。よごしたら、ここで、アらウ。十のひがすぎたら、イちどアらウ」
奴隷頭を見上げる。

(おまえのもの?)

差し出した手の上に、さらに他の布が重ねられる。
「オまエのふくだ。からだヲあらイ、ふくヲかエろ」
母が縫った長衣も、姉が作った皮履きも破れている。
替えろというのはわかるが、目の前にある薄い布はとても長衣には見えない。

(からだを、あらう?)

言葉がわかっても、意味がわからず固まってしまう。
奴隷頭の男はそれをみて、洗い場の女と話をつける。
「コイツハコノママアライバデハタラカセル。オマエガトウブンメンドウヲミロ」
「マッタクテマダネェ」
「サバクノニンゲンハフロノハイリカタモフクノキカタモワカラン。アカンボウダトオモッテアツカエ」
「ナンテハナシダ! コレダカラバンゾクハ!」
「ヒニイチド、オレノトコロニヨコセ。コトバヲオシエナケレバナラン」
奴隷頭の男が、かがんでのぞき込んでくる。
「こイつがすることヲ、まねしてはたらけ」
洗い場の女を見上げる。
殴ってきそうな様子ではない。
小さく、うなずいた。



都での女の生活は、このようにして始まった。

脱稿 2009.10.04