metamorphosis -the decision period-

再会 17


 太陽は空高く座し、日差しが木々の枝の隙間から差し込む。
 光を受ける緑の葉はその下に影の枝を従え、いっそう映えて浮き上がる。
 秋の森の中、幼子が足を止めた先には、奇妙な木が一本。
 細い幹が幾本もねじれて絡まり、ひょろりと延ばした枝に葉は無く、重くしなるその先端には、脈打つ奇妙な果実が一つ。
 実の皮は赤く黒く、落ち窪んだ溝の横に筋が浮かび上がる。フィリノーフィアであればすっぽり入ってしまうような、人の大きさをした人の心の臓のような実。
「……あの人を、呼んでもらおうか」
 エクタールの押し殺した声に、幼子は木の側へ。
 実に首の茸を付け、振り返りくすくすと笑う。
「呼んでるよぉ、呼んでいるよぉ。
 あぉ、今アレと頭が繋がったねぇ。
 あぁ通じたよぉ、通じたねぇ。
 アレは来るってさぁ、すぐに向かうってさぁ。
 たった一度の約束だしねぇ、それがもう済むんだからぁ、きっと急いで来るんじゃないかなぁ。
 アレはここから出て行きたがっていたからねぇ、エクタールぅ」
 ぎり、と、青年の拳が握られる。目が細まる。
「おぉおぉ怖いなぁ、そんな目で見られたら肌が痛いよぅ殺されそうだよぅ」
 くく、喉を鳴らして繰り返し幼子は笑う。
「たった一度、たった一度だけなのにねぇ。許されたのは一度だけぇ、エクタールがアレを呼ぶのを許されたのはたった一度だけぇ、呼んでしまっては二度はないのにねぇ、アレとは約束したものねぇ、一度だけしか呼ばないとねぇ」
 エクタール殿、とエオが声をかける。
 振り向く青年は青褪め、しかしそれでも微笑んでいる。
「……お気になさらずに、エオ殿。戯れ言です。うかつに構えば、更にあそばれる」
 ドン、と大気が震える。
 音とも聞こえる振動が走る。
「あぁ、来たよぉ」
 奇妙な木の周りの草木が、枯れる。緑から黄に、黄から茶に。
 奇妙な木の周りの土壌が、枯れる。黒土から茶に、茶から砂に。
 奇妙な木の奇妙な果実が、膨れる。赤い皮がみるみる伸びて薄く張りつめ、差し込む陽光に中の何かが透ける。
 何かが、作られている。
 赤い実の中、皮の内、透明の赤い液体に何かは浮かび、作り上げられている。
 ドク、と脈一つ打つと、人の形に伸びる無数の細い線。
 ドク、と脈二つ打つと、人の形に伸びる無数の細い管。
 ドク、と脈三つ打つと、無数の線と管を覆う人型の膜。
 三十も呼吸をすれば、それは形を整える。
 曲がっていた体をゆっくりと伸ばす、それは小柄な人間。
 褐色の肌に細い四肢、短く刈られた黒い髪、そしてなだらかな女の胸、そして控えめな男の陰茎。
「……え?」
 セタンが顔を赤らめ、目をそらす。
「お呼びよエクタールぅ、アレの名前をお呼びよぉ」
 幼子は笑って首を離し――実が、割れる。
 ぬるり、赤にまみれその体は地に降り、その身を横たえ――る前に、エクタールは抱えた。
 その体を、そぅっと、脆い金細工を持つように、柔らかく。
「目を、その目を開けて、輝かしい瞳を、どうか見せて」
 黒い青年は唇を寄せ、甘く低く、そしてひどく優しく、抱えた体の耳に囁く。
「どうか、目を開けてください、ディアルド=ドルディア、私の愛しい人」
 褐色の体がみじろぎ、ゆっくりと、のろのろと、片手がエクタールの上着を掴む。
「ドルディア、ディーア、起きてください、美しい人」
 褐色の人の口の端が震えて大きく息を吸い――カッ、目が見開かれ、森に響く大音量が。


「『兄上』をつけろと何回言ったらわかるんだ、お前は?
 それに野郎に向かって『美しい』とか言うなこの馬鹿、オレは、男だーーー!!」


 そして、エクタールの頬にめり込んだ、渾身の左の拳。








 ……黒騎士エクタールの義理の兄、異形のディアルド=ドルディアはこうして召還され、その身を故郷にかたどった。
……導きのドルディア。そう呼ばれるのは、この帰郷から後のこと。
 







 【再会】 終  以下次章へ

   

 2010.07.20