猛々しき王ランシスは僅かな供を率い、盟友ルグの館へ向かっていた。
季節は夏から秋に移りつつあり、野の獣は実りを謳歌し、樹木は黄や赤にその葉の色を変えてはらはらと落ちる。
異様に暑かった今年の夏とはうらはらな、穏やかに晴れた秋。
農民は酷暑を生き延びた作物を、喜んで収穫していた。
さてそろそろ城館が見えてきたという所、王の供の一人が馬を止める。
「どうした?」
王の言葉に、黒騎士エクタールは応える。
「御前を、失礼してもよろしいですか? 少々気になることが」
「かまわぬが……どうした?」
「……人さらいでは、なかったようです」
「なに?」
「しばしお待ちを」
黒騎士は馬を降り、手綱を従者に預ける。
歩み寄るのは城館の塀にほど近い、林の前の生い茂る藪。
黒騎士エクタールは猛き王ランシスの誉れ高き槍。
女のように麗しい黒く長い髪を翻し、秀麗な眉目に慈悲にも似た笑みを浮かべ、重槍で名のある騎士をことごとく討ち果たしてきた、歴戦の勇士。
彼が動くなら何かあると、他の供の騎士たちが王の周りを囲む。
若き騎士は黒い瞳を細め、藪の固まりに呼びかける。
「お前たち、それは人の子でないのか?」
ざぁあぁぁあ。
風が、唐突に強く吹く。
木々がさざめき、低く太く、うめきを漏らす。
王や騎士たちの馬が前足で地をかき、従者たちに慌てて宥められる。
黒騎士は両腕を開き、なおも呼びかける。
「そう、そうだ。お前たちと輪を囲むその子は、やはり人の子ではないか。
なぜそこにいる?
そちらはお前たちの場所、人の子がいる場ではなかろうに」
ざぁあああ。
木々が揺れる。
騎士はまるで応えを聞いたかのように、うなずく。
「なるほど、共に遊んでいたわけか。ならば納得もいく。
しかし、レイディ、小さなレイディ、喉は乾いていませんか?
長く遊び、歌い、踊っているのでしょう?
果実の蜜に、焼き菓子もいい。
少しこちらでお休みをしてはいかがです?
そう、レイディ、小さな淑女。
このわたくし、騎士エクタールにあなたのお名前を伺う栄誉を」
そう言って青年は膝を折り、貴婦人に対するように片手を藪に向ける。
瞬間。
王やその供たちは、目を疑った。
中空に差し出された、何もないエクタールの手のひらを、突然現れた少女が掴んだのだ。
「フィリノーフィア、智者ルグの3番目の娘、金のラフィーネの初子。
小さなレイディ、あなたを館に送り届ける任を、このエクタールにお命じ下さい」
輝く金髪の少女は朗らかに笑う。
「いいわ、エクタール。お母さまのところまで連れていってちょうだい!」
黒髪の騎士は金の少女を抱き上げ、藪に向かって告げる。
「また遊ぶこともできよう。今日はもう、お前たちもお帰り」
ざああああああ。
ひときわ強く、風が木々の間を吠える。
「あぁ、そうだ!
また遊ぶこともできよう!
エクタール、森のエンディネーミと騎士ダルダイドの息子が誓う!」
風はピタリと止んだ。
後に残るのは、唖然とした王と供たちと、にこにこと微笑む美しい金の少女。
そして、難しい顔をした黒騎士ばかり。
2010.02.28