或ル国ノ話

-short stories-

内容    :日常生活のごく短い描写
文字数   :140字以内
括弧の数字:どの話の頃かの目安

最終更新 2010.12.27

2010.12.27 更新分

【企み】(05.背中合わせ)
 この地に生きる限り、゛歪み゛から免れことはできない。
 とはいえ被害は最小・恩恵は最大に、と知恵を巡らせるのもまた事実。
「良かれ悪かれ、゛歪み゛は変化を促すものです。ゆえなく恐れるのはつまらぬこと、存分に利用しましょう」
「徹底的に?」
「容赦なく」
 女は微笑し、老婦人は笑った


【回想】(『30.終幕』のずっと後)
 お歌を歌って、一緒に遊んで、とねだると、あの人は決まって召使いを呼んだ。
 近所の子ども同士の遊びを教えてくれたのも、昔話を語ってくれたのも、全て姉と慕う召使い。
 国家の敵、とされたあの人は、自分に何一つ残してはくれなかった。
 ……お母さま、と。
 そう、呼ぶ記憶、すらも。


2010.12.20 更新分

【銀の責務】(018.海岸まで15分)
 銀剣は名誉と責務の象徴、帯びる者は一身を以て゛歪み゛の災禍を払う。
「所有者たる条件は意志と能力です」
「能力も、ですか?」
「意志のみでは払えず、能力のみでは続かない。
 両輪で進む荷馬車のように、揃ってはじめて現実に抗う力を持つのです」
 老婦人の教えを、女は永く覚えていた。


【犯人(?)】(17. 前世からの付き合い)
 何を食べるか、は文化や種族で異なる。
 都市の料理屋は看板に食材を描き、どんな食事を提供できるか宣伝する。
 近年、競い合って巨大化した看板が落下し、通行人が死亡する事故も。
「これが今年一番の謎、『酔っぱらい殺害事件』の真相とは!」
 捜査で完徹した男は笑い、三徹の女は無言で寝た。


2010.12.12 更新分

【髪型】(065.指と指)
 頭髪に加え全身の体毛をどういじるかには、個人・種族・時代毎に流行がある。
 長さ・染色・編み込みなど、手法はさまざまだ。
「都の流行りはどんなものですか?」
 小間使いの質問に、女は苦笑する。
「あまり詳しくないのです。次はよく見てきます」
 ……約束は、しかし、果たされなかった。


【法】(17.前世からのつきあい)
 法は自らを守る者に味方する。
「つまり、守る努力をしない者に法の保護は及ばんのだ」
 わかるか? と男は笑い、少女は歯軋りする。
 離席した隙に菓子を食われたのだ。
「これがいい年した神官のやること!?」
 激昂に震える肩を、女が宥める。
「次からは名を書きましょう」
 火に油が注がれた。


2010.12.07 更新分

【剣の柄】(002.ベル)
 銀は魔除け。
 意志を減衰せず送り、故に呪を祓い゛歪み゛を退ける。
「これは?」
「やる」
 包みの中には剣の柄。
 握りは細く、僅かに銀の装飾も。
「神殿の不用品だ。貰ってきた」
 珍しく男が目を逸らす。
「任地が任地だ。……まぁ気休めだが」
 ゆっくりと、女は柄を額に宛てる。
「たいせつにします」


【装い】(17.前世からの付き合い)
 工程の大半が手作業のため布は貴重品。
 人々は工夫を凝らし身を飾る。
「上着のひだの具合が決まらん」
「信じらんない、男が服にこんな時間かけるって」
 苛立つ少女を女が宥める。
「外見は重要です。信を得るには、相応の装いをこなさなければならない」
「お前にかかると、服は苦行か」
 男は呆れた。



2010.06.27 更新分

【娯楽】(002.ベル)
 都の三大娯楽、剣闘士試合・戦車競技・演劇。
「どれも見たことがない……だと?」
「機会がありませんので」
 昼食時、男がおののく。
「違うぞお前、機会は作るものだ!! わかった、明日行くぞ。仕事は昼までにできるな?」
 強引さに、男の後ろで従者が頭を抱える。
「えぇ」
 女は笑い、頷いた。


【乗り物】(002.ベル)
 労力を使う輿は上層階級の乗り物。
「なぜそんな端に?」
「……慣れておりませんので」
 暑ければ四方の幕を上げるため、道行く者に中は丸見え。
「お互い風景だ。こちらが気にするほど向こうは見ていない」
「はぁ」
 背中側の幕を降ろすと、無意識にか、女が男に近寄る。
 肩が、僅かに震えた。



2010.06.20 更新分
【名について】(18.サイン)
「そういえば、こっちに連れてこられる前の名前は何だったんだ?」
「名、ですか。……ありませんね」
「は?」
 男が呆ける。
「故郷では、名は成長するにつれ変わったのです。成人して名を表す模様を一つもらうのですが」
「……子どもの頃か」
「ですから、名はなかったのですよ」
 女は笑った。



【朝食】(002.ベル)
 集合住宅も上階に住むと台所がない。
 住民は職場に向かう途中、通りの屋台で朝食を買うのが常。
「今日は海鮮の包み焼きか、香草入りとみた」
「一口どうぞ」
「……美味い!」
「朝食は?」
「食っているが、お前の選ぶ屋台モノもまた美味そうでな」
 食べかけを割って男に渡す、女の密やかな満足。