老婦人と女は抱き合う。
「元気にしていたようですね。ありがとうございます」
「手間をかけさせる子ではありません。やはりあなたは躾が上手だこと」
老婦人は女を上から下まで見下ろす。
「湯殿の用意ができています」
「しかし」
「埃まみれの格好で屋敷に入ることは許しておりません。ここまで来たからには、時間も多少あるはずです。身支度を整えてから出立なさい」
「……わかりました」
「では、おもてなしの準備ですよ」
老婦人は幼女を促し、女は苦笑した。
――暖炉で火がはぜる。
「清潔になったこと。ようやく見られる姿になったわね」
簡素な平服で部屋に入ってきた女に、老婦人はむかいの椅子を示す。召使を呼び、茶を持ってくるように命じる。
「身綺麗にはしておりましたが」
足元にまとわりつく幼女を抱き上げ、女は座る。
「今生の別れです。恥じぬ格好をなさい」
女は――弾かれたように――顔を上げ、老婦人を見つめる。
皺の刻まれた、厳しい表情がそこにはある。
「分からないと思っていたのならば、それはうぬぼれです。改めなさい」
「はい」
運ばれてきた茶器に女は口をつけ、しかし熱さに慌てて離す。
「おばさま、ふぅふぅしてあげる」
「ありがとう」
「『さしあげます』でしょう」
「サシアゲマス」
しばらく、女も老婦人も会話を交わさず、幼女の息だけが室内に響く。
やがて冷まし終えた幼女ははしゃいで(ただし作法は守って)茶菓子を食べ、女の膝でうたた寝を始める。
冷めた茶を飲みきった女に、老婦人は告げる。
「生き残るよう祈っています」
「……あなたが祈られるのですか?」
「矢の一つくらいはそらすでしょう」
「そうですね」
肯き、途端に女に笑いの衝動がこみあげる。
「…………あの男には、言いません。その娘には受けた血筋に劣らぬ教育を施しましょう」
「……感謝しております」
老婦人は目を細めた。
「馬鹿な子。わたくしはこの国を愛しています。ですから、あなたの勝利は祈りません」
女の両腕に力がこもり、幼女が目を覚まして見上げる。
「わたしも、この国を、愛しております」
目を伏せて嗚咽を噛み殺すために、女は幼女と抱き合った。
脱稿 2005.03.05