或ル国ノ話

19.give the daughter a cuddle



老婦人と女は抱き合う。

「元気にしていたようですね。ありがとうございます」

「手間をかけさせる子ではありません。やはりあなたは躾が上手だこと」

老婦人は女を上から下まで見下ろす。

「湯殿の用意ができています」

「しかし」

「埃まみれの格好で屋敷に入ることは許しておりません。ここまで来たからには、時間も多少あるはずです。身支度を整えてから出立なさい」

「……わかりました」

「では、おもてなしの準備ですよ」

老婦人は幼女を促し、女は苦笑した。



――暖炉で火がはぜる。

「清潔になったこと。ようやく見られる姿になったわね」

簡素な平服で部屋に入ってきた女に、老婦人はむかいの椅子を示す。召使を呼び、茶を持ってくるように命じる。

「身綺麗にはしておりましたが」

足元にまとわりつく幼女を抱き上げ、女は座る。

「今生の別れです。恥じぬ格好をなさい」

女は――弾かれたように――顔を上げ、老婦人を見つめる。

皺の刻まれた、厳しい表情がそこにはある。

「分からないと思っていたのならば、それはうぬぼれです。改めなさい」

「はい」

運ばれてきた茶器に女は口をつけ、しかし熱さに慌てて離す。

「おばさま、ふぅふぅしてあげる」

「ありがとう」

「『さしあげます』でしょう」

「サシアゲマス」

しばらく、女も老婦人も会話を交わさず、幼女の息だけが室内に響く。

やがて冷まし終えた幼女ははしゃいで(ただし作法は守って)茶菓子を食べ、女の膝でうたた寝を始める。

冷めた茶を飲みきった女に、老婦人は告げる。

「生き残るよう祈っています」

「……あなたが祈られるのですか?」

「矢の一つくらいはそらすでしょう」

「そうですね」

肯き、途端に女に笑いの衝動がこみあげる。

「…………あの男には、言いません。その娘には受けた血筋に劣らぬ教育を施しましょう」

「……感謝しております」

老婦人は目を細めた。

「馬鹿な子。わたくしはこの国を愛しています。ですから、あなたの勝利は祈りません」

女の両腕に力がこもり、幼女が目を覚まして見上げる。

「わたしも、この国を、愛しております」

目を伏せて嗚咽を噛み殺すために、女は幼女と抱き合った。


脱稿 2005.03.05